研究一筋50余年。材料工学の専門家が知識の限りを詰め込んだAIを開発 | 多摩イノベーションエコシステム促進事業
研究一筋50余年。材料工学の専門家が知識の限りを詰め込んだAIを開発

研究一筋50余年。材料工学の専門家が知識の限りを詰め込んだAIを開発

株式会社ベストマテリア 会長 木原 重光

 本事業では、地域内外の中小企業・スタートアップや大企業、大学等が連携して、地域の課題解決を図るためのプロジェクトや、多様な主体が交流できる会員組織(コミュニティ)の立ち上げなど、イノベーション創出に向けた取組を進めています。このインタビュー連載では、多摩地域のイノベーションをリードする注目企業をご紹介することで、皆様に多摩地域の魅力を発信していきます

 株式会社ベストマテリアは、プラントメンテナンスのコンサルティングという非常に高い専門性が求められる分野で事業を行っています。御年80歳となる木原重光会長は、日本三大重工業メーカーの一つであるIHI(旧石川島播磨重工業)で研究所長まで務めた、材料工学の研究者でもあります。豊富な経験と専門知識を生かし、誰にも真似できない事業を手掛ける木原会長に、事業内容について詳しく話を伺いました。

インタビューに答えていただいた会長の木原重光氏

破損における146のメカニズムを発見

IHI時代はどのようなことをされていたのでしょうか。

木原:IHIでは金属材料の開発や、設備機械が壊れる原因を金属材料が壊れるメカニズムから解析する研究を行っていました。機械の破損は突き詰めると材料の破損なんです。材料が壊れるメカニズムを知っていると、機械が壊れた原因が分かります。材料の破損の原因は大きく分けて「疲労」、「クリープ※」、「腐食」です。私は長年の研究から、これらをさらに細かく分類し146のメカニズムがあることを発見しました。

IHI時代に関与した仕事を一つ紹介しましょう。90年代に打ち上げに失敗したH-IIロケットの原因究明です。ロケット自体は三菱重工が開発したのですが、実はエンジンのインデューサーという重要な部分はIHIが作っていました。太平洋に墜落したロケットを回収してエンジンを調べたところ、「疲労」でそのインデューサーが壊れていたことが判明しました。設計上、疲労が起きるような力が発生しないはずなのになぜ壊れたのか。材料に欠陥があったのか。実は予想以上の負荷がかかっていたのではないか。材料の破損のメカニズムを知っている“材料屋”だからこそ、原因が「疲労」にあることを突き止められたのです。

※クリープとは、金属が高温で長時間荷重を受けると、徐々に変形する現象

専門を貫くために59歳で起業

59歳で起業をされています。なぜそのタイミングで起業されたのでしょうか。

木原:最終的には研究所長まで務めたのですが、大きな会社なので、そこから出世するには自分の専門を捨てて経営者を目指す道に進まないといけないんですね。自分の専門を貫くなら会社にはいられない。だから私は専門を選び、退職して起業しました。印象に残っている先輩の言葉があります。副所長時代に自分の専門分野の本を執筆した際、当時の副社長から「いつまでそんなことやってるの。早く専門を捨てなさい」と言われたんですね。その先輩はもともと研究者だったのですが、50歳過ぎで専門を一切捨てていた。私はその言葉に逆らい、自分は専門を貫くと決めました。だから、あの時の副社長の言葉がなかったら、今の自分はなかったかもしれません。

IHIには優れた専門を持つ人材がたくさんいました。彼らも一定の年齢になると出世して管理職になるのですが、それでキャリアを終えてしまう人も多かった。私が80歳になっても働き続けられているのは専門分野で勝負しているからです。そういう人たちを集めて、何歳になっても働けるようにしたいという思いも起業の背景にありました。

材料の専門家にしかできない専門性の高い事業

現在はどのような事業を行っているのでしょうか。

日本の法律は3.11の原発事故が起きるまで、リスクはゼロでなければいけないという考え方が主流でした。しかし、あの原発事故がきっかけで、リスクゼロを前提としていると事故が起こった際に大変なことになると分かった。それ以来、リスクを想定して対処方法を事前に把握し、被害は最小限に抑えるという考え方が広まり、規制が緩和されてきました。検査で欠陥(減肉、割れ)が検出された場合、欠陥を含む構造物の安全性が証明されれば、そのまま運転が継続できる供FFS(用適正評価基準)が適用されるようになり、弊社ではこのFFSをプラントのメンテナンスに適用するコンサルティングも行っています。

※リスク=破損の確率×破損による被害の大きさ

50年の知識と経験を詰め込んだAIを開発

NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)  の助成事業でAIを開発したと伺っています。どのようなAIなのでしょうか。

木原:これまでは146のメカニズムを用いて、我々人間がRBM(リスクベースメンテナンス)を行っていましたが、それをAIでできるようにしました。私が約50年かけて蓄積してきた知識、つまり「私はこうだったらこう判断します」という事例を勉強させて、私が判断していたロジックに従って回答を導き出すAIを、AI専門の企業と連携して開発しました。NEDOの助成事業では「失敗知識データベース」を活用したAIも開発しています。このデータベースはあらゆる分野の事故や失敗の事例が集められた約20年前の国家プロジェクトなのですが、私もプラントの事例の収集に協力していました。関わった人の多くはすでに亡くなってしまっていますが、先人たちが集めた約500の事例を機械学習させたAIを作りました。

木原:これまでは146のメカニズムを用いて、我々人間がRBM(リスクベースメンテナンス)を行っていましたが、それをAIでできるようにしました。私が約50年かけて蓄積してきた知識、つまり「私はこうだったらこう判断します」という事例を勉強させて、私が判断していたロジックに従って回答を導き出すAIを、AI専門の企業と連携して開発しました。NEDOの助成事業では「失敗知識データベース」を活用したAIも開発しています。このデータベースはあらゆる分野の事故や失敗の事例が集められた約20年前の国家プロジェクトなのですが、私もプラントの事例の収集に協力していました。関わった人の多くはすでに亡くなってしまっていますが、先人たちが集めた約500の事例を機械学習させたAIを作りました。

AIの専門家と連携する上での苦労

専門外であるAIを開発するにあたって難しかったことはありますか。

木原:最初に開発を依頼した企業とは、話がまったくかみ合いませんでした。我々の知識が専門的過ぎたのです。AIの専門家は、当然ながら我々のように専門知識はありませんし、我々もAIの知識はありません。その溝をどうやって埋めるのか。つまり我々がAIを学ぶのと、AIの専門家が我々の専門を学ぶのと、どちらが効率的かという話です。結論としては、我々がAIを学ぶほうが圧倒的に早いということになりました。我々のメンバーにも若い人材がいて、彼らはプログラミングの経験もあって下地になる知識があった。彼らの働きは大きかったですね。開発したAIは実際にいくつかの企業に導入していただき活躍中です。ただし、Pythonというプログラミング言語を用いないと使えないため、ウェブ上で誰でも使えるように改良する予定です。

自分の知識を後世に残すため

そもそも、なぜAIを作ろうと思ったのでしょうか。

木原:以前は母校である早稲田大学で講師をしていたので、また講義をさせてくれないかと打診したんですね。そうしたら、私が研究している材料の領域は大学では扱っていませんと言うんです。なぜ扱わないのかというと、人気がなくて学生が来ないからだと。私の知識を引き継ぐ者はもういないという事実に直面した瞬間でした。だったらAIに継承させようと、そのとき決意しました。AIとして残しておけば、それを使って勉強する人が必ず出てくるはずです。周囲の専門家たちにも「あなたの知識をAIにして残しましょう」と折に触れて言っているのですが、皆さん総じて「そんなことできないだろう」と及び腰ですね。

尽きない知的好奇心とChatGPTの可能性

今後、取り組みたいテーマなどはありますか。

木原:今はChatGPTに注目しています。NEDOの事業で使った500の事例をChatGPTに読ませて解析させたら、我々が作ったAIとほぼ同じものが一瞬でできる可能性があるらしいんです。日本にはあらゆる産業があって膨大なデータが眠っているはずです。ChatGPTを使えばそうしたデータが活用できるのではないかと期待しています。まだまだ知識が足りないので、今はどうやってそれができるのかをみんなで勉強しているところです。

事務所兼自宅の前で。左は取締役を務める悦子夫人

会社情報

会社名 株式会社ベストマテリア
設立 2004年1月
本社所在地 東京都日野市三沢2-43-15
ウェブサイト https://b-mat.co.jp/
事業内容 各種プラント向けスマート保全(保安)のための技術コンサルティング、ソフト・ツールの提供、システム構築請負/スマート保全人材育成/関連データベースおよび先進検査機器の販売

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