本事業では、地域内外の中小企業・スタートアップや大企業、大学等が連携して、地域の課題解決を図るためのプロジェクトや、多様な主体が交流できる会員組織(コミュニティ)の立ち上げなど、イノベーション創出に向けた取組を進めています。このインタビュー連載では、多摩地域のイノベーションをリードする注目企業をご紹介することで、皆様に多摩地域の魅力を発信していきます。
朝日株式会社で代表取締役を務める林国進氏は、33歳のときに中国から留学生として来日しました。現在は、多摩地域で家庭用電化製品の開発や精密部品加工事業、飲食店の経営などを、16年以上にわたって営んでいます。慣れない異国の地に根を下ろし、日本で事業を続ける代表取締役の林国進氏に、起業の経緯や事業内容について、詳しく話を伺いました。
鄧小平が乗っていた新幹線への憧れ
- 日本に留学しようと思ったきっかけは?
林:昔、日本を訪れた鄧小平が東海道新幹線に乗っているニュース(※1)を見たんです。そこで「とても速い!」と日本の技術を絶賛していたのが印象的でした。私はその後、中国の大学を卒業し、上海鉄道局(現・中国鉄路上海局集団有限公司)の金属部品工場で、1986年から1995年までエンジニアとして働いていたのですが、あのニュースがどうしても忘れられなかった。「日本の新幹線に乗ってみたい」、「エンジニアとして日本の技術を学びたい」という思いを抱くと同時に、「戦後、日本が世界第2位の経済大国に成長した理由を知りたい」とも考えていました。それに、上海鉄道局での仕事は毎日、同じようなことばかりで刺激もなかった。当時の私は33歳で、結婚して子どももいたのですが、一念発起して日本の産能短期大学日本語別科に1年間在籍し、その後成蹊大学の大学院に入学しました。
※1. 1978年、鄧小平副首相(当時)が日中平和友好条約の批准書交換のため来日。東海道新幹線に乗車した際に感想を問われ、「とても速い! 後ろからムチで打たれて追いかけられているような感じだ」と述べた。
- その後、どういう経緯で起業に至ったのでしょうか。
林:成蹊大大学院卒業後は日本の企業に就職し、エンジニアとして設計業務を担当したり、ヘッドホン製造の品質管理責任者として、海外工場の指導業務を受け持ったりしていました。収入は安定していましたが、働き方がとてもハードで自分に合っていないと感じ、妻とも相談して、務めていた会社を辞めて自分で会社を設立しました。
会社を支える三本の柱
- 現在はどのような事業をされているのでしょうか。
林:大きく分けて三つあります。一つは家庭用電化製品事業。製品の市場調査から、デザイン設計、量産、工程管理、品質管理まで、ODM生産(※2)を行っています。これまでヘッドホンや懐中電灯、LEDライト、美容器具など、様々な製品を製造してきました。もう一つが精密部品(樹脂・金属)加工事業。こちらは顧客から提供された図面通りに製造し、検品・出荷するOEM生産(※3)です。そして三つ目は飲食事業。他の2事業とは異なる業種ですが、吉祥寺に「龍明楼」という香港料理店を構えており、約13年間営業しています。香港料理は味が濃すぎず、油もあまり使わないので日本人の好みに合っているんですよ。家電事業や精密部品の事業が軌道に乗るまでは、飲食事業が会社を支えてくれました。
※2. ODM(Original Design Manufacturer)は、製品の設計から製造までを一手に引き受ける生産形態
※3. OEM(Original Equipment Manufacturer)は、クライアント企業が提供する設計に基づいて製造を行う形態
エンジニアとしての経験と中国の生産体制が強み
- 御社の強みはどんなところにありますか?
林:まず、私がもともとエンジニアだということ。図面が書けて、設計ができて、品質管理もできる。地方工場で働いた経験もある。だから、顧客の要望を正確に理解した上で企画提案ができるし、工場へ的確な指示を出すこともできます。加えて、高品質な製品を量産できる生産体制があるのも強みです。中国にある複数の協力工場と連携し、日本向けの「重要工程管理体制」を確立しています。「重要工程管理体制」の仕組みを説明すると、全ての製造工程のなかで最も品質に影響が出る工程を事前に指定し、熟練作業者を配置した上で、現場製造ラインの管理責任者が1時間ごとに品質をチェックしています。他にも、品質向上およびコスト削減のため、常に先進的な技術を吸収し、採用する方針を採っています。こうした点が弊社の強みですね。
大手家電量販店のPB商品を開発
- これまで手掛けてきたなかで代表的な製品は?
林:大手家電量販店のPB商品として開発したヘッドホンです。製造業とクライアントとを結ぶ「NCネットワーク」というサービスを使い、私が直接営業しました。当然、先方は弊社以外からも見積もりを取っているわけですが、最終的に弊社に注文が来た理由は何か。大事なのはデザイン性と値段です。図面や仕様書の提案をしただけでなく、無料で何度もサンプルを作りました。一般的にサンプルを作るのは有料です。でも、私は先方を信用し、注文がきてもサンプル費用を取らなかった。失注したときのリスクは大きかったですが、リターンのほうが魅力的でした。それに、クライアントの希望する値段を実現できる企業は我々の他にはないという自信もありました。
何度も修正を重ね、苦労の末にヘッドホンが完成
- ヘッドホンの開発で最も苦労したことは何ですか?
林:デザインなどは図面作成段階からすべて弊社より提案したのですが、先方は大企業だったので、いろいろな担当者の確認を取らなければいけなかった。ヘッドホンは、言ってしまえば作るのは難しくない。だから余計にデザイン性が求められるのですが、ある担当者が良いと言っても、別の人にはダメと言われる。担当部長が良いと言った後、経営会議で修正が入ることもありました。修正、修正、修正の繰り返しで、20回以上修正し、サンプルも10回ほど作りました。しかも全部無料です。すでにだいぶコストがかかっていたので、本当にうまくいくのかと心配でした(笑)。結局、最初の打ち合わせから納品するまで1年くらいかかりましたが、最終的にはうまくいきました。やっぱり、日本人は信頼できますね。それも、日本で事業をやる理由の一つです。
介護事業で日本と中国の懸け橋に
- 近年は新しく介護事業にも取り組まれているとか。
林:日本の優れた介護サービスや介護の人材教育を中国に広めたいと考えています。介護事業を始めた背景を説明すると、2019年に大阪で開催されたG20サミットにおいて、中国と日本の間で医療、介護、高齢者ケアプロジェクトを含む10の協力項目について合意がなされました。これによって中国の介護事業が盛んになると見込んだのです。中国はこれから日本と同じように少子高齢化が進みますが、介護業界は日本より30年ぐらい遅れていると感じています。中国にはきれいで立派な施設こそあるけれど、介護サービスの質が日本とまったく違う。例えば日本では介護職員の数について入居者3人に対して1人以上という基準が定められていますが、中国にはありません。以前、大手介護企業の学研ココファンと一緒に中国向けのオンライン講座を開催した際、受講者からの反響が大きかったのですが、これは日本の介護に対する注目度の高さの表れでしょう。
- 介護関連の製品も開発されていると聞いています。
林:『見守りシステムシート』のことですね。このシートをベッドに敷いておくだけで、血圧や心拍数が計れたり、ベッドにいるのか、離床しているのかが外部から分かるようになっています。また、介護施設の職員の方の目が届きにくい夜間において、入居者の状態を見える化する目的でも使われます。日本語と中国語対応のスマホアプリも開発し、中国からはすでに100件ほど注文をいただいています。中国の介護市場は日本の介護市場より大きいにもかかわらず、介護関連商品の種類は日本に比べると非常に少ないのが現状です。中国の介護製品需要は高いため、ゆくゆくは現地で生産体制を整えることも考えています。
静かで暮らしやすい環境に家族も満足
- 多摩地域の魅力はどういったところに感じますか?
林:成蹊大学に留学したときから今日までずっと武蔵野市に住んでいますが、静かで落ち着いて暮らせるところが良いですよね。中国にいたときはいろいろな面で騒々しかった(笑)。妻も生活しやすいと言っています。あとは、会社を設立する際に、商工会議所や多摩信用金庫に、資金繰りや経営など、いろいろな面で親身になって相談に乗っていただきました。すごくありがたかった。日本に来て本当に良かったと思っています。中国人の家庭は女性が強く、嫌なら本当に帰ってしまいますが、まだ帰っていない(笑)。妻も二人の子どもたちも日本の環境のほうが合っているみたいです。
会社情報
会社名 | 朝日株式会社 |
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設立 | 2008年 |
本社所在地 | 東京都武蔵野市関前3-6-8 |
ウェブサイト | https://asahisunkon.co.jp/ |
事業内容 | 事業内容 電気機械器具製造業/産業機械部品製造業/飲食業/「日本式医療と介護を組み合わせた健康的なコミュニティ」プロジェクト |