人間の情動を推測するBouquet法を社会実装するために起業した研究者

株式会社コルラボ

代表取締役 中村俊

 本事業では、地域内外の中小企業・スタートアップや大企業、大学等が連携して、地域の課題解決を図るためのプロジェクトや、多様な主体が交流できる会員組織(コミュニティ)の立ち上げなど、イノベーション創出に向けた取組を進めています。このインタビュー連載では、多摩地域のイノベーションをリードする注目企業をご紹介することで、皆様に多摩地域の魅力を発信していきます。

 株式会社コルラボの中村俊 代表取締役は、大学の研究で開発した「Bouquet法」を社会実装し、子どもの発達支援、高齢者や働く世代の健康に役立つサービスを開発・事業化することで社会貢献したいと考え2013年に起業しました。本インタビューでは中村代表に、Bouquet法とはどのような技術なのか、事業に懸ける思いと併せてお話を伺いました。

インタビューに答えていただいた代表取締役の中村俊氏

人間の情動を推測する技術「Bouquet法」

Bouquet(ブーケ)法とはどのような技術なのか解説をお願いします。

中村:人間のコミュニケーションの約70%は言葉を使わない非言語コミュニケーションで成り立っています。具体的には、表情、仕草、姿勢といった身体の動きがEmotion(情動)を表現しています。無意識に周囲に見せている表情や仕草には、さまざまな情動や思い、考えが反映されています。Bouquet法は、生体センシング(計測)や動作解析、環境センシング(計測)を用いてEmotionを理解し、意味づけを行うためのアルゴリズムです。Bouquet法の構成要素を表した以下の図を見てください。

生体センシングで特に大事にしているのが自律神経の働きです。たとえば、皮膚の電気抵抗がどう変化しているか、心拍数の揺らぎがどうなっているか、血圧がどう動いているか、といったデータを測ります。情動のなかでも、身体に近い、生理的な部分を捉えるパラメーターを測るのが、この生体センシングです。

次に用いるのが動作解析です。動作というのは、心と身体の動きが一緒になったものです。心理と振る舞いがセットになっているわけです。この動作を測ることで、非言語コミュニケーションにおいて最も重要な要素が見えてきます。それをカメラで観察して活用します。

そしてもう一つが環境の計測です。湿度、照明、空気の流れ、壁からの放射温度、こういったものが人の状態に影響を与えており、それらによって気分も変わったりします。ですので、環境のデータの計測も非常に重要です。

この生体、動作、環境の三つを多変量的に測り、統合して評価する。それがBouquet法です。多変量解析を用いると、さまざまなパラメーターがベクトルとして表されます。そのベクトルは平面や多次元空間の中で、いろいろな方向を向いています。そして、その向きをもとに診断を行う、というイメージです。この「診断のためのベクトルの束」という発想から、「花束」のようだと感じてBouquetという名前をつけました。

ちなみに、「情動」と似た言葉に「感情」があります。英語では、感情はフィーリング(feeling)と表現されます。嘘をつくことが可能な感情とは異なり、情動(emotion)は主として自律神経系の働きによって意識することなく表現されます。情動は体の反応に基づいているので、生理学に近い領域で、客観的に測ることができます。

大成建設・カネカと共同でウェルネスサポートシステムを開発

大成建設株式会社・株式会社カネカと共同でオフィスワーカーのウェルネスをサポートする仕組みを研究されていると伺いました。

中村:そうなんです。実は2016年くらいからもう8年くらい取り組んでいます。オフィスワーカーが疲れたり緊張したりすると、センサーでそのバイタルデータ(心拍数など)を計測・分析し、個別の空調や照明制御装置を用いて空調や照明の強度を自動で変えるなどして環境を調整する。この仕組みをオフィスビルに組み込もうというのが最初の発想でした。

そこからボランティアの被験者さんにも協力してもらい、多くのデータを集めました。ただ、当時は簡単なウェアラブルセンサーがなかったので苦労しました。たとえば「myBeat」という心拍を測るECGセンサーを使ったり、赤外線カメラで顔の表面の温度を測ったりしました。最近ようやく、ウェブカメラやリスト型のセンサーが進化してきて、たとえばApple WatchやGARMINといったデバイスが使えるようになり、バイタルデータの計測がかなりラクになりました。

これらの装着負荷が少ないセンサーを使って心拍データを取り、Bouquet法を用いて、疲れている、緊張している、集中しているといったラベル付けをする仕組みを作りました。そして、そのデータをもとに「疲れているときにはこの音楽を聴きましょう」「こんなストレッチをしましょう」といったサービスを提供する形のソリューションとしてまとめ、だいぶ完成に近づいています。現在はオフィスビルだけでなく、病院や介護施設など他の選択肢も模索しながら研究を進めているところです。

カネカ・大成建設との取り組みの他には、車載メーカーと東京農工大学と3者間の数年間にわたる共同研究が継続中です。研究テーマは、快適な運転を実現するための技術開発です。運転中の生体情報を計測し、そのデータを車の設計段階から活用することを目指しています。現在はまだ基礎研究の段階ですが、弊社が提供するマルチセンシングシステムとBouquet法を活用した解析で、プロジェクトに貢献しています。

発達障害のメカニズムを研究

起業前の研究者時代はどのような研究をしてきたのですか?

中村:以前は、厚労省の研究所である国立精神医療研究センターの神経研究所で部長を18年ほどやっていました。その後、東京農工大学に教授として移り、工学部の生命工学科で工学的な計測技術を取り入れた研究に力を入れました。研究のベースとなるテーマは、動物の社会的なコミュニケーションの発達です。それを人間、特に発達障害を持つお子さんの問題につなげる研究をしてきました。当時、発達障害は医学的にも大きな課題だったので、僕らは基礎研究者として、動物を使ってそのメカニズムを解明できないかと考えました。たとえば、ひよこ、ネズミ、小型のサルであるマーモセットなどの動物を赤ちゃんのころから人間が育て、産んだ親に育てられた場合と比較してみるんです。一人っ子にしたり、親と隔離するなどして、コミュニケーションや行動がどう変わるか、さらにはその変化が脳にどう影響するか、といった研究をしていました。

人間を深く理解したいという思いから研究の道へ

なぜ、そうした研究をやろうと思われたのですか?

中村:私が目指していたのは、人間の理解に結びつくような自然科学です。脳科学は、人間の心理や行動、社会的な振る舞いに直接関わる分野なので、とても魅力的でした。なかでも、社会的なコミュニケーションが面白いと思い、その研究にのめり込んでいきました。動物モデルを作るところから始めて、最終的には発達障害のお子さんの臨床現場にもカメラを持ち込んで研究を進めました。たとえば、自閉症のお子さんとその兄弟姉妹の振る舞いの違いをカメラで記録し、それを定量化することで、医学研究者と共同で論文を作成しました。この研究の方向性は今も変わっていません。

要するに、私がこれまで取り組んできたのは、脳の可塑性(環境への柔軟な適応能力)のメカニズムや、社会的な関わりが脳や行動の発達に与える影響を研究することです。そして、人間の“情動行動”を計測してその適応的な意味を評価する方法を開発し、発達障害や愛着の障害を理解し、支援することを目指してきました。この研究が、今の会社の事業につながっています。

小金井市の介護施設や学習塾でフィールド研究を行う

これまで多摩地域とはどのような関わりを持っていましたか?

中村:東京農工大学の工学部で教員をしていたこともあり、小金井市には縁が深いんです。その関係で、市内の介護施設や学習塾でフィールド研究をやってきました。介護施設では認知症予防プランの一環として、利用者さんが体操している様子を撮影し、どれだけ集中しているか、どれほど一生懸命に取り組んでいるかを観察しました。また、健康診断の際に血液を採取させていただき、ストレスマーカーを測定。そのデータと体操への集中度との関連性を調べました。その結果をもとに、「こういったプログラムや取り組み方が効果的です」といった具体的なフィードバックを行い、施設利用者への対応に役立ててもらっています。学習塾では、発達障害のお子さんをサポートしている塾があり、特に自閉症のお子さんが多いんです。その塾の方から「子どもたちにどう関わったらいいか悩んでいる」と相談を受けました。そこで、勉強している時の様子を撮影させてもらい、先生の接し方に対し子どもたちがどう反応するのか、その関係性をデータとして取り始めました。

多摩地域は、東京都下でありながら豊かな自然環境があり、SDGsを目指す企業や、それにつながる新しい生活価値を求めて移り住んできた人たちも多いと思います。また、昔から暮らしている市民の方々も多くいらっしゃいますよね。さらに、企業の研究所や大学といった学術機関が集中しているのもこの地域の大きな魅力です。この地域の多様な企業との協働や、地域住民の方々とのフィールドワークに可能性を感じています。そのポテンシャルを生かして、より良い取り組みを進めていきたいと思っています。

人々の生きがいある人生をサポートしたい

Bouquet法を生かして世の中をどう変えていきたいですか?

中村:現代社会はストレスが多いからこそ、健康で楽しく、生きがいのある人生を送ることがますます大事になってきていると思います。ただ「病気じゃないから健康」という消極的な考え方ではなく、もっとホリスティック(※1)な、生きがいを追求するような生活に価値を見出したい。その実現を目指す事業を推進していきたいと考えています。そして、その取り組みをHaaS(Holistic as a Service)と呼びたいと思っています。

弊社は研究開発型の企業です。だから、最終的な製品やサービスを自分たちだけで作って直接消費者に届ける、というよりは、HaaSを実現するために他の企業と協力したり、市民の皆さんが自分たちのニーズを見つけて、それを解決する取り組みを支援したりするような開発プラットフォームに参加したいと考えています。そういった意味で、多摩イノベーションエコシステムやオープンイノベーションの取り組みに大きな期待を寄せています。
※1.ホリスティックとは、「全体的な」「包括的な」という意味を持つ言葉。物事を部分ではなく全体として捉え、その相互関係やバランスを重視する考え方を指す。医療や健康分野で使われる際は、身体、心、社会、精神といった全体を一体のものとして捉え、病気や症状だけでなく、その人の生活全般や心理状態、社会環境まで考慮してケアを行うアプローチを指す

会社情報

会社名 株式会社コルラボ
設立 2013年5月1日
本社所在地 東京都小金井市中町2-24-16 東京農工大・多摩小金井ベンチャーポート102(東京農工大キャンパス内)
ウェブサイト https://www.corlab.jp/
事業内容 ICT技術による健康・発達支援のための環境デザイン/上記事業を実現するためのITアルゴリズム開発とプロトタイプ具現化/動物と人間の「感情の脳科学」を基盤にした環境制御・IT技術開発