伝統技術と工業製品のハイブリッド。伝統を守りつつ新たな挑戦を続ける兄と弟
有限会社唐木建具店
唐木 俊、唐木 淳
本事業では、地域内外の中小企業・スタートアップや大企業、大学等が連携して、地域の課題解決を図るためのプロジェクトや、多様な主体が交流できる会員組織(コミュニティ)の立ち上げなど、イノベーション創出に向けた取組を進めています。このインタビュー連載では、多摩地域のイノベーションをリードする注目企業をご紹介することで、皆様に多摩地域の魅力を発信していきます。
八王子の唐木建具店は、伝統的な木工技術を駆使し、高品質で美しい建具と組子細工を製作する歴史ある専門店です。文化財の修復も手がける一方で、住宅のリフォームや新築、建て替えといった建築分野にも積極的に取り組んでいます。4代目を継ぐ予定の唐木俊さん(兄)と唐木淳さん(弟)のご兄弟に、伝統を守りつつ新たな挑戦を続けている現在の事業内容について詳しくお話を伺いました。
時代のニーズに合わせながら4代続く建具店
- 唐木建具店の歴史について教えてください。
唐木俊:記録が残っているのは明治41年からです。私たちの曾祖父が、長野から兄弟を頼りにこの八王子に出てきたのが始まりですね。私たちの父、唐木誠が3代目にあたります。ちょうど高度経済成長期からバブルの時代にかけて建具業界にも大きな転換期がありました。それまで主流だった木製建具の世界にアルミサッシが登場したんです。父はそれを嫌がることなく、むしろ積極的に取り入れました。アルミサッシにはガラスも付属するため、ガラス工事も手掛けるようになりましたね。さらに父は建具の枠を超えて、店舗工事なども始め、建設業にも事業を広げていきました。それが3代目としての大きな功績だと思います。
父は現在も現役なので、私たち兄弟はまだ正式な4代目ではありませんが、いずれ正式に引き継いだら兄弟で4代目となります。兄弟で経営するのは、唐木建具店の歴史の中でも初めての挑戦です。伝統的な建具づくりはもちろんですが、それとは別に私たち兄弟が注力しているのは、伝統技術と工業製品のハイブリッドです。リフォームや新築、建て替えといった仕事の中で、伝統技術を生かした提案をしています。伝統というのは、時代のニーズに合わせて変わっていくものだと思うんです。そうでないと、淘汰されて終わってしまいます。変わらないままでは、ただの古いものとして消えていくだけなんです。だから私たちは、時代のニーズに合ったものはどんどん取り入れています。たとえば、金属やガラスといった素材もそうです。伝統とは、常に進化し続けるものだと考えています。
●ハウスメーカー出身の兄と特殊塗装出身の弟
――お二人の前職は? 家業を継ぐきっかけを教えてください。
唐木俊:最初は家業を継ぐつもりなんて全くありませんでした。長男として「いずれは家業を継ぐんだろう」と人生が決められているような感じがして、反発していたんです。それで大学卒業後はハウスメーカーに就職し、営業や現場監督をしていました。しかし、働く中で会社の利益優先的な側面を目の当たりにし、「このままでいいのか?」と疑問が膨らみ、家業を継いで誠実に仕事をしたいと思うようになりました。
唐木淳:私は職人仕事をしていました。いわば修行時代みたいなものですね。ただ、それは建具の修行ではなく、塗装の勉強をしていたんです。特殊塗装で、単に色を塗るだけでなく、コーティングなどの技術を学んでいました。もともと家業を継ごうとは思っていたので、「建具に何か付加価値をつけるなら色が面白いかもしれない」と考えたのがきっかけです。そこで特殊塗装を学び、ある程度技術を身につけた後、修行を終えて家業に入りました。そのうち兄も戻ってくるだろうと思っていましたが、実際に戻ってきたときは純粋にうれしかったです。兄弟二人で力を合わせて盛り上げたほうが、絶対にいい仕事ができると思っていましたから。
唐木俊:兄弟二人がそろったことで、唐木建具店に足りなかったピースが揃ったと感じています。大きな仕事になると多くの職人さんが関わりますが、これまでは現場監督の役割を担う人がいなかった。ここを私が担当でき、さらに、弟が覚えた特殊塗装のおかげで、建具だけでなくいろいろなものに色をつけられるようになりました。二人で力を合わせることで、現代のニーズに応え、新しい価値を生み出せるようになったと思います。
「吉祥会」の取組みで「伝統工法=高い」というイメージを払拭
- 唐木建具店の特長的な取組みは?
唐木俊:私たちは自然素材をふんだんに使った工事を得意としています。例えば無垢材を使った家づくりですね。今の建築業界では部材も工業製品が主流で、機械でパパッと作られるので、家も2カ月ほどで建つこともあります。それを否定するつもりはないのですが、日本人が長年培ってきた伝統技術があるなら、それを生かせる技術を持った職人が集まり、それぞれの役割を果たしながら家を作ろう、というのが唐木建具店のスタイルです。
その一環として「吉祥会」という取り組みをやっています。吉祥会は、各分野の伝統技法に精通した職人たちが集まるチームで、上下の関係ではなく、全員横並びで工事を進めていきます。一般的な家づくりでは職人の間にピラミッド型の上下関係が存在し、上に建築会社や工務店がいて、他の職人さんたちを束ねています。しかし、吉祥会は唐木建具店も、左官屋さんも、設計士さんも全員が平等。だから職人一人ひとりが自発的に考え、動けますし、お互いの連携も抜群に整っております。
また、横一列の会ですので忖度などありませんからお客様に対して一番良いご提案が可能になります。
最大のメリットはコスト面ですね。ピラミッド型だと上の人が利益を取る仕組みなので、どうしてもお客様が支払う費用が高くなりがちなんです。それが悪いわけではないのですが、私たちは「伝統工法=高い」というイメージを変えたいと思っています。実際、吉祥会では、一般的なハウスメーカーさんと同じくらいの費用で家を建てられるんです。こうした取り組みを通して、伝統を守りつつ、お客様ともWin-Winの関係を作りたいというのが、私たちの思いです。
「代々初代」という唐木家の教え
- 代々受け継がれてきたものづくりの姿勢や考え方があれば教えてください。
唐木淳:唐木家には「代々初代」という言葉があります。どんなに代が続いても、初代の気持ちで動きなさい、という意味ですね。小さい頃からそれをずっと言われてきました。初代は本当に大変ですよね。何もないところからスタートして、全部自分でやらなければいけないわけですし、嫌なことからも逃げられない。この言葉が私たちにも自然と染み付いているんだと思います。だからこそ、ただ継ぐだけではなく、自分なりのスパイスを入れなければいけないという感覚があり、私たち兄弟も一度は家を出たのだと思います。兄はハウスメーカーに行きましたし、私は塗装屋で修行しました。家業を継ぐにしても、何か新しいものを持ち帰って、自分たちなりに進化させる必要がある、そういう考えが根底にあります。
文化財の修復は、過去の建具師からの挑戦状
- これまで手掛けてきたなかで印象的な仕事はありますか?
唐木俊:目黒の雅叙園が印象的ですね。あそこに「百段階段」という文化財があるのですが、その建具を私たちが修復しました。文化財は新しく作り直すことはできないため、解体して修理するのですが、機械がなかった時代に作られたものなので、ばらし方がわからないんです。「昔の建具職人は、どうやってこれを作ったんだろう?」と、驚きの連続でしたね。ばらしてみて、「こんな作り方しているのか」と感心して、次に生かそうと思ったりしました。文化財の修復は、故人と対話しているようです。昔の建具師が「お前にこれができるか?」と挑戦状を叩きつけているような感覚です。その分、技術の勉強にもなりますし、この技術を自分たちの代で絶やしてはいけないと思っています。だから仲間の建具屋さんにも、出し惜しみせずにどんどん技術を共有しています。建具の技術は減ってきているので、継承していくことがすごく大事だと思っています。
伝統を守るカギは「女性の進出」と「成功体験」
- 受け継がれた技術や伝統を次世代に伝承していくために必要なことは何だと考えますか?
唐木俊:伝統を廃れさせないためには、女性の力が必要だと思います。職人の世界は昔から男社会で、「男じゃないとダメだ」という風潮がありますが、そんなことはまったくありません。実際、唐木建具店にも10年以上働いている女性職人がいます。女性がこの世界に興味を持ち、第一線で活躍してくれるようにならなければ、伝統技術は先細ってしまうでしょう。だからこそ、女性が活躍できる場を作ることがこれからの課題だと考えています。
唐木淳:成功体験は本当に大事だと思うんです。結局、好きになってしまえば、人間は自然と自分で勉強して進んでいきます。それは伝統技術も同じ。成功体験を積むことで伝統技術の継承にもつながると思います。私自身、早いうちからいろいろなことを経験させてもらって、「失敗しても次につなげればいい」と言われてきました。そうして成功体験を重ねたことで自信がつき、どんどん好きになって技術を突き詰められるようになりました。また、せっかく伝統技術の世界に就職しても、失敗ばかりで怒鳴られたり嫌な思いをしたりすると、職人の仕事自体が嫌いになってしまいます。職人特有の厳しすぎる縦社会は、もう時代に合わない。もちろんある程度の厳しさは必要ですけど、やりすぎると逆効果だと思います。
樹脂会社と連携し、景色を遮らない透明な建具を作りたい
- 今後、新しく挑戦してみたいことはありますか?
唐木淳:今まで使ったことのない素材で建具や小物を作ってみたいですね。例えば、透明な建具なんて面白いと思うんです。樹脂会社が持っている透明なアクリルやプラスチック素材で建具を作ったら、全部透明になりますよ。そこにさらにガラスを入れたら、もっと透明感が出る。透明な建具なんて見たことがないけれど、ニーズはあると思うんです。例えば、お庭を楽しみたいというときに、木製の建具だと「景色が遮られる」と言われることがあります。そこで、透明な建具があればいいなという発想に至りました。ただし、樹脂素材の加工には専用の機械が必要なので、うちでは対応できません。そのため、そういった加工を得意とする企業と協業して、「この寸法で作れますか?」とお願いし、加工してもらった部材をうちで組み立てる、という形ができたら面白いと思います。
兄弟二人で力を合わせ吉祥会の取組みを進める
- 今後の展望をお聞かせください。
唐木俊:今後の展望としては、先ほどお話しした吉祥会を通じて、伝統技法を使った建具だけでなく、建築全体をもっと多くの人に知ってもらいたいし、実際にご提供できるようにしたいと考えています。特に、「伝統工法は高い」とか「扱いづらい」といった昔ながらのマイナスイメージを払拭したいんです。伝統技術を使いながらも、当たり前の施工を当たり前の形で、しっかりお届けできるようにしていきたいと思っています。
唐木淳:吉祥会は革新的な取組みになると思います。これを次の世代にバトンタッチし、どう広げていくかを見守るのが、とても楽しみですね。それが私たちの描いている未来です。兄弟二人で力を合わせて、この目標を実現していきたいと思います。
会社情報
会社名 | 有限会社唐木建具店 |
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設立 | 1908年 |
本社所在地 | 東京都八王子市追分町17-2 |
ウェブサイト | https://karakitategu.com/ |
事業内容 | 伝統建具/一般建具/家具/サッシ取付販売/リフォーム・リノベーション工事/新築/硝子交換/カギ交換/文化財修復 |