“空飛ぶクルマ”を現実に。次世代エアモビリティを開発する法政大学発のスタートアップ
HIEN Aero Technologies株式会社
代表取締役CEO 御法川 学

本事業では、地域内外の中小企業・スタートアップや大企業、大学等が連携して、地域の課題解決を図るためのプロジェクトや、多様な主体が交流できる会員組織(コミュニティ)の立ち上げなど、イノベーション創出に向けた取組を進めています。このインタビュー連載では、多摩地域のイノベーションをリードする注目企業をご紹介することで、皆様に多摩地域の魅力を発信していきます。
HIEN Aero Technologies株式会社は、“空飛ぶクルマ”と呼ばれる電動垂直離着陸機(eVTOL)の開発に取り組んでいます。2024年3月にはガスタービン発電によるハイブリッドeVTOL試作機「Dr-One」の自立浮上試験にアジアで初めて成功するなど、日本のエアモビリティ界で確かな存在感を示しています。機械工学の研究者でもある代表取締役CEOの御法川学氏に、事業内容について、そしてエアモビリティが持つ可能性について詳しく話を伺いました。
エアモビリティを開発するために会社を起こす
- 起業の経緯について教えてください。
御法川:本業は法政大学理工学部の教授で、機械工学を専門にしています。長年、機械音響や空力騒音を研究しており、2008年からは航空機の研究も始めました。最初は小型飛行機の設計や研究をメインにしていましたが、2017年頃から、アーバンエアモビリティと呼ばれる次世代航空交通が世界的に注目されるようになり、ここ7~8年はアーバンエアモビリティの機体であるeVTOLの研究を進めています。ただ、大学の研究だと、技術シーズを基にした研究には資金が集まりやすいのですが、航空機開発のような総合技術を必要とされる分野には十分な研究費が得られないのが現状です。加えて、ものづくりにはコストがかかります。eVTOLを開発するには大学の枠を超えた取り組みが必要でした。そこで、2021年にHIEN Aero Technologies株式会社を立ち上げ、実際の開発に乗り出すことにしました。

Uberの発表が発端となり世界的にeVTOL開発が進む
- 次世代エアモビリティの市場はどのくらいのポテンシャルがあるのでしょうか。
御法川:次世代エアモビリティの市場は、様々なシンクタンクの予測によると、2030年には数十兆円規模、2050年には100兆円規模に達するとも言われる、非常に将来性のある分野です。もちろん、大型飛行機での長距離移動というニーズは引き続きありますが、より身近な場面で、立体的な移動を求める需要が増えてきています。例えば、シリコンバレーからサンフランシスコ市街地まで移動する際、高速道路が大渋滞で2~3時間かかることがあります。しかし、空を飛んでしまえば10分~15分で着けるわけです。それをヘリコプターのような高額な選択肢ではなく、電動で自動運転可能な大型ドローンのようなものであれば一人当たり3000円程度で利用できるのでは、というアイデアをアメリカのUberがホワイトペーパーで発表したんですね。これが世界中で大きな反響を呼び、一気に研究開発が進みました。
新たな移動手段の提供、物流の効率化
- eVTOLはどのような用途が期待されているのでしょうか。
御法川:eVTOLは、都市間移動に加えて、無人機による物流や防災の分野でも需要が期待されています。例えば、地方では鉄道の廃線や公共交通手段の減少が課題ですが、eVTOLを活用すれば、駅から目的地までを直接結ぶ移動手段が提供できます。また、トラックドライバーの減少に対応して、eVTOLを使った物流で効率化を図ることも可能です。他にも、空港から都市部へのアクセス手段として、航空会社が飛行機とeVTOLを組み合わせた移動パッケージを提供することで、都市までのシームレスな移動が実現するでしょう。こうした形で、eVTOLが私たちの生活に浸透し、空を活用した移動手段がどんどん社会に定着していく未来が見えてきます。
長時間・長距離飛行が可能なDr-One
- 御社が開発を進めている「Dr-One」についてご紹介ください。
御法川:私たちが開発しているDr-Oneは大型無人機で、重さ約100キロ、横幅5メートルというサイズ感です。この電動垂直離着陸機、いわゆるeVTOLの最大の特長は、名前の通り電動で飛行する点にあります。簡単に言えば大型のドローンのようなものですが、電気だけを動力にした場合、飛行時間が短く、10~15分程度しか飛べないという課題があります。そこで、Dr-Oneでは、ガスタービン、つまり一般の航空機で使われるジェットエンジンを利用して発電し、その電気でプロペラを回して飛行するというハイブリッドシステムを採用しています。このシステムによって、長時間かつ長距離の飛行が可能になります。現時点では理論上、1時間で約180キロの飛行が可能です。
また、Dr-Oneの特長の一つは、他のeVTOLと比べて「浮いていられる時間が長い」ことで、約1時間にわたって浮上可能です。これが何を意味するかというと、飛行中に荷物を降ろしたり、監視をしたり、救助活動を行ったりといったミッションを遂行できる時間が長いということです。ヘリコプターと同じように、空中での作業が求められる場面では、この「長く浮いていられる能力」がものすごく重要なんです。さらに、Dr-Oneではバッテリーをできるだけ小型化することにも挑戦しています。航空機では重量が最大の課題となるため、軽量化は飛行性能の向上に直結します。このように、長時間・長距離飛行と実用性を両立させる技術がDr-Oneの大きな強みとなっています。


アジアで初めての浮上実験に成功
- 2024年の3月にDr-Oneの実証実験を行ったそうですね。
御法川:Dr-Oneの機体にガスタービン発電システムを搭載し、浮上させる実験を行いました。この試みは、実は世界で2例目、しかもアジアでは初めてなんです。実験の結果、1分間でバッテリーの消費がほとんどないことが確認できました。つまり、ガスタービン発電システムがしっかり電力を供給できているということが証明できたわけです。
次のステップとしては、このシステムを実際のスペックに近い形で、より長時間浮上できるようにしていく予定です。そして、1~2年のうちには、市販化に近い形の製品に仕上げていき、最終的には、この技術をさらに発展させて、もっと大きな機体で人が乗れるようにしたいと思っています。最初はおそらく物流用の大型機からスタートすることになると思いますが、徐々に人が乗れるタイプへシフトしていきたいですね。目標としては、2030年に6人乗りの機体を開発し、2030年代半ばには国産eVTOLとして世に送り出すことを目指しています。これが実現すれば、新しいモビリティの選択肢として社会に大きく貢献できると思っています。

技術面に加えて、eVTOLが乗り越えるべき課題
- eVTOLを社会に実装するためには、どのような課題を乗り越える必要がありますか?
御法川:法律面では、今、世界中でeVTOLに関するルールや安全基準が整いつつあります。ただ、技術的にはまだ課題もあって、特に通信の部分が重要になってきます。私たちが通信技術を直接開発するわけではないのですが、無人で飛ばすためには高い信頼性を持つ通信システムが不可欠です。また、電池やモーターなどの主要な装備についても、性能や信頼性の向上が引き続き求められています。
さらに、飛行高度やルートの問題も現実的な課題として浮上しています。eVTOLは従来の航空機に比べて非常に低い高度を飛行することが想定されており、都市部や街中を飛ぶ可能性も高いです。そうなると、地元の人たちの許可や理解が欠かせないんですよね。従来の航空機は航空法に基づき高い高度を飛ぶため、人々の日常生活に与える影響は比較的少ないですが、eVTOLはかなり低いところを飛ぶので、たとえ法律上問題がなくても、「家の上を飛ばれるのは嫌だ」という声が出てくる可能性があります。そのため、都市部では最初に飛行ルートを明確に決める必要があり、「ここは飛行可能」「ここは不可」といったゾーン設定が求められるでしょう。そのためには、地元住民や行政の協力が欠かせません。これらの社会的調整を進めながら、技術だけでなく運用面でも前進していくことが求められています。
国産eVTOLメーカーを目指す
- 今後の展望をお聞かせください。
御法川:私たちが目指しているのは、国産の完成機を作れるメーカーになることです。現在の日本の航空関連企業は、部品の製造はできても、完成機やエンジンの製造を手がける企業はごく少数です。そこで、私たちのような機体を作る小さな会社が中心となって、いろいろな部品メーカーが市場に参加できるような環境を作り、日本の航空産業の裾野を広げていきたい。言い換えれば、ある部品メーカーが自分たちの得意分野を生かして、「この部品ならうちが最高のものを提供できます」という強みを示し、それをさまざまな飛行機メーカーに展開できるような環境が生まれることが理想ですね。そうして、日本の航空産業が力をつけて、新しいものを生み出せる産業になってほしいと考えています。そういう未来を目指して、私たちも努力を続けていきたいと思っています。
会社情報
会社名 | HIEN Aero Technologies株式会社 |
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設立 | 2021年12月 |
本社所在地 | 東京都小金井市中町2-24-16 農工大・多摩小金井ベンチャーポート |
ウェブサイト | https://hien-aero.com/ |
事業内容 | 電動航空機の研究、開発、製造、輸入及び販売/eVTOL(電動垂直離着陸機)の研究、開発、製造、輸入及び販売/電動航空機ならびにeVTOLに使用される電子部品、電子機器の開発、製造、輸入及び販売/アーバンエアモビリティに関する設備、機器の開発、製造、輸入、販売及びサービス/サスティナブル社会に貢献する環境改善技術の研究及び開発 |