利用者の心に寄り添いながら、訪問介護の可能性を広げる
SHIIP.LLC
代表 石岡 久美子、本部長 山本 真央
本事業では、地域内外の中小企業・スタートアップや大企業、大学等が連携して、地域の課題解決を図るためのプロジェクトや、多様な主体が交流できる会員組織(コミュニティ)の立ち上げなど、イノベーション創出に向けた取組を進めています。このインタビュー連載では、多摩地域のイノベーションをリードする注目企業をご紹介することで、皆様に多摩地域の魅力を発信していきます。
武蔵野市で、地域に寄り添う訪問介護と障がい者支援を行う事業所『え~とす』。その運営を担うSHIIP.LLCは、介護現場での経験を重ねてきた石岡久美子氏と山本真央氏が立ち上げました。施設介護で感じてきた課題や葛藤。同じ志を胸に起業した二人は、なぜ訪問介護という道を選び、どんな未来を描いているのか。『え~とす』に込めた思いと、その先に見据える地域ケアの姿について話を聞きました。
もどかしさと母への思いから訪問介護の世界へ
- まずは起業の経緯をお伺いできますか?
石岡:もともとは専業主婦で、その後は有料老人ホームなどの施設で15年ほど働いてきました。ずっと施設にいたから、「大きな箱」のルールに縛られる感じが強くて。利用者さんのために「これ、やったほうがいい」と思っても、上に止められたら動けない。そこがずっと、もどかしかったんです。
そんな頃に母が肺がんになりました。数年闘病生活を送り、来月から介護休暇を取ろうと思っていた矢先に急変して、母が望んでいた「家で最期を過ごしたい」という思いは叶えられないまま、病院で亡くなりました。介護の仕事を長くしてきたのに、在宅で何ができるのか、どう支えられるのかが自分の中で全然見えていなかった。その悔しさがずっと残っていました。そんなとき山本と出会って、「訪問介護なら、その思いを形にできる。暮らしを支えられる」と聞いたんです。最初は「一人で行って何かあったら……」と怖かったけれど、そこで景色が変わった。「なるほど、それなら」と思えたのが、始まりでした。
山本:私は以前、教育・人材育成の会社を経営していました。人を育てるのが好きで始めたのですが、研修は「受けろと言われたから来ました」という人も多い。こちらが100伝えても、持ち帰るのは10くらいで、「なんか違うな」と感じる場面が増えていきました。だったら、本当に必要としている人のために力を使える仕事がしたい。そう考えるようになったんです。
そこで、まだ知らなかった福祉の世界へ。会社をたたんで、現場から学ぶつもりで訪問介護に入りました。仕組みを理解しながら、在宅と施設の違いも体感したくて、施設の夜勤も1年ほど経験しています。
その頃、訪問介護の後半で石岡と出会い、いろいろ話すようになりました。私は「現場を3年やったら起業する」と決めていて、それも最初から伝えていました。代表は自分でやるつもりだったけれど、石岡の話を聞くうちに思いの強さが見えてきた。だったら「社長、やってみたらいいじゃん」、そう背中を押したんです。私は肩書きにはこだわっていなくて、会社を立ち上げることが目的だったので。
拠点は武蔵野市にしました。介護・地域包括ケアの先進的な取組で知られる地域でもあるし、暮らしやすい。坂道も少なく道も整備されていて、スタート地点としては最適だなと前から考えていました。
- 最初に「社長をやって」と言われたとき、どう感じましたか?
石岡:「え?」って。最初に「やる」と言っていたのは山本で、私は「じゃあ全力で手伝うよ、サポートするよ」という立ち位置だったんです。それがいつの間にか「社長やりなよ」って。「え、私が?」みたいな。
山本:話を聞いてると、ずっと「手伝う側」なんですよね。「サポートします」と言いながら主体性が感じられないなと。本気でやるなら、社長をやるくらいの覚悟で飛び込めばいい。だから自分でやっちゃいなよと。そこから始まりました。
石岡:決心するまで、1年くらいかかりましたけどね(笑)。

「湿布」でも「船」でもある。SHIIPに込めた二つの意味
- SHIIPという社名に込めた思いを教えてください。
石岡:SHIIPは頭文字に意味があって、SはSolution、HはHappy。真ん中のIには漢字の「愛」を重ねて、もう一つのIはInclusion、最後のPはProduceです。それと「SHIIP」って、お年寄りには「湿布」を連想してもらいやすいんですよね。痛い、だるい、そんなときに身近でちょっと助かる、癒しになる。そういう存在でありたいと思っています。
山本:とにかく覚えてもらいやすさが大事で。「湿布」って言葉がいちばん覚えてもらいやすい。
石岡:一方で、従業員には「SHIP=船」の意味も込めました。今は福祉の船に乗っていても、途中でITなど別の世界へ行きたくなることもある。そのときは「行っておいで」と言える会社でいたいんです。乗り降りは自由。どの仕事に就いたとしても、私たちが大切にしている考え方だけは、同じ方向を向いて持ち続けてもらえたら。そんな思いで、SHIPの意味も重ねています。
介護の枠を超える学びを用意した理由
- 研修制度を充実させているとのことですが、その狙いは?
山本:介護業界は、かなり教育が偏ってるんですよね。新人に教えるのは介護の技術や歴史が中心で、「社会人としての基本」はあまり扱われない。だから10年、20年働いたあとに別の夢ができても、この業界の常識しか知らないまま外に出てしまう。それって怖いなと思ったんです。
私は介護の需要は2040年頃がピークだと見ていて、その先、もし人が余ったときに「介護以外で食べていけない」状態になっていたらどうするのか。だから弊社は、介護だけでなく一般教養からビジネスの基礎まで、幅広く学べるようにしてます。研修は200種類以上。介護を入口にしても、別の道に進みたくなったときに役に立つ力を渡しておきたいんですよね。そういう“真ん中に愛を持とう”という思いもあって、SHIIPはIが一つ多いんです。

この1時間は、この人のため
- 改めて事業についてご紹介ください。
石岡:中心は訪問介護です。高齢の方の生活支援と、障がい福祉の総合支援。重度訪問介護や移動支援もやっていて、たとえば自閉症の方の作業所とご自宅の送り迎えなど、日常の移動を支えるところがメインですね。
山本:「普通の生活」が難しい方に、必要なものを届けて“当たり前”を取り戻してもらう仕事だと思っています。ただ作業をこなすだけではなくて、1ケアごとにできるだけ笑いも入れる。一方で、障がいのある方は距離感が大事なので、近すぎず遠すぎず、その人が社会の中で安心して動けるように支えたいですね。
- 訪問介護の世界に飛び込んでみて、実際はいかがでしたか?
石岡:最初は正直怖かったですよ。施設と違って発見が遅いので「転んでいたらどうしよう」とか、「おむつ漏れでつらい思いしてないかな」とか。でも、どうしたらその時間を快適にできるかを積み重ねて、半年くらいで慣れてきました。訪問介護は、1時間なら1時間、その人と私だけの時間なんですよ。決められたケアをやった上で、残りは話してもいいし、一緒に過ごしてもいい。施設だと呼び出しや次の業務に追われるけど、訪問介護はその人のために使える時間があるのが大きいですね。
山本:施設にも志のある職員さんはたくさんいるんです。でも現実はオペレーションがきつくて、職員はずっと忙しいのに、入居者さんは逆に「誰も来ないくらい暇」というギャップが起きやすい。業務量が多すぎて、その人のケアに時間を割きにくいんですよね。その点、訪問は「この1時間はこの人のため」というサービス計画があって、決まった時間に行って、その時間をまるごと注げる。だから本人も楽しみにしてくれたりする。そこは訪問ならではの良さだと思います。
石岡:この3年で何人か看取りも経験しましたが、半分くらいはご自宅で最期を迎えられました。残された時間が1週間と分かったら、「その1週間をどれだけ快適にできるか」をチームで考えて動ける。これは施設ではなかなか難しくて、訪問ならではだなと感じています。ご家族から感謝の声をいただくことも多いです。「家族だけじゃ抱えきれなかったけど、最後まで明るく声をかけてくれて本当によかった」。そう言われると、やっぱりこの仕事でよかったなと思います。

現場から業界の空気を動かす挑戦
- 介護の現場で感じる課題感は?
山本:安全を優先しすぎて、結果的に社会から切り離してしまっている感があるんですよね。でも生きてる以上、リスクはゼロにならない。外を歩けば車にぶつかるかもしれないし、転ぶことだってある。だから「危ないから動かないで」だけだと、「じゃあ生きがいって何?」という話になる。この空気を変えるには、僕らだけでは無理で、ケアマネさんや他職種、市役所も含めて業界全体で少しずつ意識を動かしていく必要がある。だから今年は『ケアリンピック武蔵野』という介護事業者のイベントの実行委員長も務めましたし、武蔵野市の訪問介護事業者連絡会も毎月やっていて、副幹事長として「考え方を変えていこう」と発信しています。市の方も参加してくれているので、現場の声を行政に届けられるんです。
美容から整体まで。自費サービスで家族ごと支える発想
- 自費サービスも積極的に手がけているとか。
石岡:最初は水性ネイルペンのネイルサービスから始めました。次に柔道整復師による訪問の整体。さらにその知識に美容を掛け合わせて、今は介護美容として全身や部分的な疲れを整えてもらえるよう訪問でもやっています。私の息子が柔道整復師で身体の仕組みなど専門知識があるので、まずそこから広げようと。
家族は、介護や障がい者のケアを抱えると自分の時間がなくなるんですよね。疲れているのに外にも出られない。だからこちらが家に伺って、介護資格のあるスタッフが見守りもしながら、ご家族にも施術できる形にしました。安心してリラックスできる時間をつくれたら、ストレスも減らせるのではないか。それがきっかけです。普段から入っているから、会話の中で「肩が痛い」といった声も拾えて、自然につなげられるのも大きいですね。
山本:外出が難しいなら、こっちから社会を家に持っていけばいい。誰かが一方的に我慢する形は避けたいんです。利用者さんはネイル、家族は施術、みたいに「みんなが楽になったね」が理想。あと、現実の話として、介護保険は訪問時間しか報酬がつかないため、移動や事務の時間は収入にならない。だから自費サービスは、現場を回す意味でも必要になっています。

俳優×動画で業界を支える新しい試み
- 自費サービスで、足りない部分を補っていく、という考えですか?
山本:そうですね。介護報酬だけでは足りない部分を、どうプラスアルファで作るか。自費サービスはこれからも広げていくつもりで、実は定款に代理店事業も入れているんです。私自身、役者をやっている仲間が多く、俳優を目指す人たちをたくさん見てきました。演技は本当にうまいのに、生活のためのアルバイトに時間を取られて、思うように活動できない人が多かった。一方で、介護のように利益率の低い業界では、「PR動画を作りたいけど予算がない」という現実もあります。
そこで、事務所を通さず舞台俳優さんに出演してもらって、しっかりと伝わるPR動画を作る。俳優さんには直接の収入になるし、企業側も低予算で動画を制作できる。弊社はその間をつなぐ代理店になる。Win-Winの関係だと思って動き始めています。
メリットはほかにもあります。たとえば、実際の社員さんに出演をお願いすると、嫌がられたり、辞めた後に動画を使い続けていいのかという問題が出る。だからこそ、予算はないけど動画はほしいという会社さんに使ってもらえるサービスにしたいんです。狙っているのは、介護・医療・教育といった固定報酬で利益が出にくい業界。そういう会社を応援したいですね。

訪問介護を「街のヒーロー」に
- 最後に、今後の目標をお聞かせください。
山本:私たちは利用者の家を訪問する際、自転車のカゴに、「困ったら声かけてね」とひらがなで書いたプレートを付けているんです。たとえば、街で転んでいるお年寄りや、迷子になった認知症の方、混乱している障がいのある方がいても、周りはどう声をかけていいか分からない。でも私たちは抵抗がないし、対応も分かる。そういう存在を「街のヒーロー」のように見せて、訪問介護はかっこいい仕事だよね、というイメージを根付かせたいんです。報酬はまだ低くても、必要性と価値はとても高い。未来は明るいと思ってます。だから若い人に「この業界に行きたい」と思ってもらいたい。
石岡:介護業界はまだまだマイナスのイメージが強いですよね。でも実際は全然違う。だから若手を育てながら、現場のやり方そのものを変えていきたいんです。教科書どおりのやり方だけではなくて、「もっとこうしたら良くなる」を考えて、試して、成長していける環境にする。それと将来的には、高齢者も子どもも障がいのある人も、みんなが集まってワイワイできる場所、施設というよりカフェのような拠点もやりたいです。もともとは福祉の会社として始めたけれど、ここに限らず、「やりたい仕事がないなら作っちゃえばいいじゃん」と言える、可能性が広がる会社にしていきたいですね。
現代社会では、個々の利益を追求する傾向が強まっていますが、私たちは、見返りを求めず「人のため」に行動する人が周囲に良い影響を与え、その善意が広がることで、より多くの人がサステナブルな価値観を持ち、豊かな人生を実感できる未来を目指したいと考えています。個々の利益のために人の心理が利用され、善い人ばかりが損をする社会は持続可能でも強い社会でもありません。善意が自然に受け入れられ、誰もが安心して生きていける社会を築くことこそ、今を生きる私たちの使命・責任であると考えます。
会社情報
| 会社名 | SHIIP.LLC |
|---|---|
| 設立 | 2022年 |
| 本社所在地 | 東京都武蔵野市西久保2丁目3-12 榎本第1ビル101号室 |
| ウェブサイト | https://atos-tokyo.com/ |
| 事業内容 | 訪問介護サービス/訪問障がい福祉サービス |