本事業では、地域内外の中小企業・スタートアップや大企業、大学等が連携して、地域の課題解決を図るためのプロジェクトや、多様な主体が交流できる会員組織(コミュニティ)の立ち上げなど、イノベーション創出に向けた取組を進めています。このインタビュー連載では、多摩地域のイノベーションをリードする注目企業をご紹介することで、皆様に多摩地域の魅力を発信していきます。
日本では、9人に1人の女性が乳がんにかかると言われています。乳がん治療は乳房の摘出を伴う場合があり、身体変化による精神的苦痛を緩和するアピアランスケアは近年、注目が高まっている領域です。株式会社カノアクルーは、乳房を摘出した方に向けて装着式人工乳房をサロン形式で提供する、3人の女性が設立したスタートアップです。代表取締役の鈴木万紀子さん、秋沢京子さん、北堀善美さんに、起業の経緯や仕事のやりがいなどについて聞きました。
病気がきっかけでキャリアの転換を図る
- 3人が出会ったのはいつですか? また、どのような経緯で起業に至りましたか。
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鈴木:私が以前、国会議員の秘書を務めていた際に同業の北堀と知り合い、友人関係が続いていました。秋沢とはカンボジアでスポーツ関連の支援活動を行うボランティア活動を行っていた際に出会い、一緒に社団法人を立ち上げて活動していました。
起業に至ったのは、私が激務により体を壊してしまったことがきっかけです。療養中に今後のキャリアを考え直していたところ、以前、装着式人工乳房の製造をやっている新潟の会社が東京で販売してくれる人を探している、という話を北堀から聞いたことを思い出し、北堀と秋沢と3人で、新潟まで視察に行きました。秋沢:北堀とはそこで初めて会いました。現地で実物を見たところ、あまりの完成度の高さに驚きました。「これは世の中に広めていくべき」だと、ここにいる3人ともが思ったはずです。
北堀:人の役に立って、それが仕事になるというのは素敵なことですよね。自分一人だけだとなかなかやろうという気にはならないですけど、3人とも感覚が同じだったので、とんとん拍子で話が進みました。大きな利益を生むような種類のビジネスではないので、周囲から心配されることはあります。 でもその代わりに、助けてもらえることも多いんです。
仲間とともに、自由に生きる
- 「カノアクルー」という社名にはどのような思いが込められているのでしょうか。
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鈴木:「カノア(Kanoa)」はハワイ語で「自由」、「クルー(Crew)」は「仲間」や「乗組員」という意味です。3人の今後の生き方を考えたときに、「これからの人生、自分たちのやりたいことをやっていきたい、自由を尊重する雰囲気を大切にしたい」という思いがあり、社名にしました。その思いに共感してくれる方々がカノアクルーという一つの船に乗って、緩やかなつながりを持ったコミュニティを作れたらいいですね。
北堀:摘出手術をした患者さんのなかには喪失感に悩まれたり、旅行やスポーツなどを敬遠したりされてしまう方もいらっしゃいます。そういう方々が同じ境遇の方とつながりを持っていただけるような場所にするために、サロン形式としました。
リアルさを追求し、オーダーメードで製作
- 装着式人工乳房とは具体的にどのような製品なのか教えてください。
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秋沢:乳がんの治療で乳房を摘出した患者さんは、再建手術という外科手術によって胸を取り戻す方法もあるのですが、実はそれをやっている方は全体の3、4割程度で、それ以外の女性は摘出してもそのままにされています。再建手術は体にも心にも負担が大きいですから。装着式人工乳房は、ブラジャーに入れるパットとは違い、シリコン製の人工乳房を自分の胸に貼り付けて使用します。手術の傷が隠れ、手軽に着脱できる点が特長です。
- 御社が製作・販売している「ルアナブレスト」について教えてください。
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鈴木:私たちが商標登録しているオリジナルの装着式人工乳房です。
製作の流れとしては、お客様にはまず、サロンに来ていただき、色付け前の製品をご試着うただき左右のバランスに合わせてサイズや角度を決めます。そこから新潟で色付け作業をしていきます。
ルアナブレストはとにかく「リアルさ」を追求していて、新潟にいる熟練の職人が一つひとつ丁寧に手作りをし、本物と同じような見た目と感触を再現しています。肌や乳頭の色、血管、ほくろなどを絵付けする技術が本当に素晴らしいんです。実際にその様子を見たときは、絵付け師の方が命を吹き込んでいるように思えました。
「私の人生にこんなことが起きるとは」
- ユーザーはどの年代の方が多いですか。
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鈴木:40代くらいの子育て世代から高齢の方まで、幅広い年代の方にご利用いただいています。ちょうど今日来ていただいた方は80代の女性でした。30年前に摘出されたようなのですが、ルアナブレストをつけたとたんにパッと表情が明るくなり、「私の人生にこんなことが起きるとは思わなかった」と喜んでいらっしゃいました。 それは、諦めていた乳房が戻ってくる感覚という意味でした。この言葉を聞いた時にはこちらも嬉しい気持ちになりました。
秋沢:ここに来られる方に今までどのようにされていたのかを聞いてみると、パットだけではずれてくるからガーゼやハンカチを入れているとか、なかにはストッキングを詰めていたなど、苦労されているんです。ルアナブレストは肌に密着しているため、ズレによる不快感がありません。皆さん出来上がったものをつけてみると、色や質感もまるで自分の肌のようだと感動されます。
複数の選択肢から選べる“自由”を広めたい
- 装着式人工乳房を広める上で、課題はあると感じますか。
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鈴木:装着式人工乳房は乳がん罹患者の方々にとって選択肢の一つになるはずなのですが、まだまだ認知度が低いため、多くの方が再建手術を「する」か「しない」かの2択になっているのが現状です。摘出手術をする前に、再建手術をしなくても装着式人工乳房という選択肢もあるということを認識して、多くの情報の中から決断できるようになることが必要だと考えています。
最近、全国紙でルアナブレストを取り上げていただいたことがあるのですが、もっと早く知りたかったという声をよくいただきます。複数の選択肢から“自由”に選べる環境を作るのが、私たちカノアクルーの使命だと思います。必要な方に必要な情報をもっと届けていきたいですね。
多摩地域で感じる、コミュニティの広がり
- 三鷹にサロンを構えたのは何か狙いがあってでしょうか。
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鈴木:以前、私が入院していた病院が三鷹にあり、また秋沢も偶然、三鷹に住んでいたこともあって、23区内から引っ越してきました。いまサロンを構えている物件は秋沢がたまたま見つけてきたものです。一目見たときに、ここに人が集まっているイメージがパッとわいてきました。住んでみても働いてみても、三鷹は最高の街ですね。都心からほどよく離れていて自然が多く、昔ながらの商店も残っていて会話をしながら買い物も楽しめます。三鷹で知り合った方はすぐに友達になれますし、緩やかにコミュニティが広がっていくのを感じます。
北堀:知り合いにルアナブレストのパンフレットを渡したら、そのパンフレットが回りまわってお客様のもとに届き、予約してくれた方がいらっしゃいました。商品には自信を持っていますので、SNSだけでなく、口コミでの広がりにも期待しています。私たちは「買って終わりではなく、その後も関係が続く」ようなサービスを目指しているので、地域のお客様とのつながりはこれからも大事にしていきたいですね。
秋沢:例えばブラジャーを作っている企業や、ウィッグを取り扱っている企業、化粧品会社でもいいですし、同じアピアランスケアの領域で事業をしている企業と協業していける可能性はあると思います。また、サロンや個人商店などと一緒に、地域に密着した活動もやっていきたいです。今後、良いイノベーションが起きるといいですね。
会社情報
会社名 | 株式会社カノアクルー |
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設立 | 2019年12月 |
本社所在地 | 東京都三鷹市 ※サロンにお越しのお客様には所在地を別途ご連絡いたします。 |
ウェブサイト | https://kanoacrew.co.jp/ |