本事業では、地域内外の中小企業・スタートアップや大企業、大学等が連携して、地域の課題解決を図るためのプロジェクトや、多様な主体が交流できる会員組織(コミュニティ)の立ち上げなど、イノベーション創出に向けた取組を進めています。このインタビュー連載では、多摩地域のイノベーションをリードする注目企業をご紹介することで、皆様に多摩地域の魅力を発信していきます。
株式会社エスケアは、「“減塩”によって日本人の健康を守る」というテーマで事業を行う多摩地域のベンチャー企業です。代表取締役の根本雅祥氏が描く理想は、健康を意識しなくても、誰もが健康でいられる社会を創ること。日本の減塩市場が頭打ちとなっている状況下で、熱意と戦略を駆使して果敢に挑戦し続ける根本氏に、事業内容や事業の持つ社会的意義などについて、話を聞きました。
起業を決意するきっかけとなった原体験
- 株式会社エスケアの設立に至る経緯を教えてください。
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根本:学生時代から起業に興味があり、いつか本格的に会社を興したいと考えていました。ある時、父が腎臓病を患ってしまい、サポートをすることになったのですが、当時は医療サービスがあまり充実しておらず、とても苦労をしました。腎臓病の重症化予防には食事療法が重要なのですが、管理栄養士が病理患者に対して直接的に指導等を行うことができるクリニックがとても少なく、適切な栄養指導を受けられる環境がありませんでした。実際に父の腎臓病の重症化予防に取り組んでいる際にも、 管理栄養士の栄養指導を受けていませんでした。この状況は何とかしなければいけないという思いから、腎臓病の重症化予防の領域で起業することを決意しました。しかし、金融関係の企業で営業畑のキャリアを歩んできたため、医療の知識がまったくありません。そこで、いろいろと情報収集し、腎臓病に関する知識を身につけていくなかで、問題解決のカギとなる“減塩”にたどりつきました。
- 減塩とは、普段の食事の塩分量を減らすことですよね?
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根本:そうです。腎臓病の重症化予防には食事療法がとても大事になってきます。なかでも塩がカギを握っており、減塩サポートの事業に取り組むことにしました。しかし、一般社団法人日本塩分管理支援協会という団体も立ち上げ、さあこれからというときに、私自身が白血病を発症してしまいます。2017年4月のことです。そこからは治療に専念し、外出許可が出始めたのが2019年初頭。ただ、免疫が極めて低いため外にも出られず、さらに、4月には特発性大腿骨頭壊死症という難病にかかり、車いす生活になってしまいました。そうした苦境の中でコロナ禍に突入します。
オンライン会議の普及が突破口となる
- そこからどのようにして、事業を進めていったのでしょうか。
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根本:ご存じのとおり、コロナ禍にオンライン会議が一気に普及し、私にも企業とミーティングできる状況が訪れます。実は、闘病を続ける中で大学院に入学し公衆衛生を学んでいました。大学院に入学した理由は、1対1で減塩指導をするより、集団に対して健康施策を行わないと埒があかないと感じていたからです。公衆衛生を学ぶことで集団へのアプローチ方法を身につけようという考えがありました。そのときに指導を受けていた教授から、いくつかビジネスになりそうなアイデアをもらい、ちょうどオンライン会議が普及し始めたタイミングで企業に売り込みをかけると、富士通さんが手を挙げてくださいました。そうして始まったのが『WELL-being JOURNEY』です。
顧客の満足度を上げ、かつ重要なデータも得られる
- 『WELL-being JOURNEY』とはどのようなサービスなのでしょうか。
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根本:例えば、スーパーなどで買い物をすると購買履歴がたまります。そのデータを分析して、消費者にオススメのレシピや食材、記事などのコンテンツをレコメンドすることで、消費者の満足度を上げることができます。つまり、食品小売店向けのサービスです。実は、人々が何を食べているのかというデータは世の中にありません。栄養疫学の界隈では、“最後のドル箱”と言われているデータで、国が健康政策を考えるときにこうしたデータがあると様々なことが可能になります。例えば、マイナポータルと連携し健康診断の結果と紐づければ、何らかの相関データを取得できるはずです。
日本の医療費削減にも。新たな市場を作る必要性
- 『WELL-being JOURNEY』が普及すれば、そうしたデータを活用できるということですね。
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根本:そうです。イギリスでは、国民一人ひとりの1日の塩分摂取量を1グラム減らしただけで、医療費を2500億円程度削減できたという論文が発表されています。日本でもデータを整備して解析し、医療費と結び付けられれば、国民全体にとって有益な施策が打ち出せるはずです。それを実現するためには、健康に良い商品がしっかりと売れる、つまり消費者のニーズがある状態を作っていく必要がありますが、日本の減塩市場は400億円程度で頭打ちになっており、規模としてはまだまだ小さく、ニーズがある状態とは言えない。そこを超えるには、健康を意識していない人たちを巻き込まないといけません。
健康無関心層への戦略的アプローチ方法
- いわゆる健康無関心層にアプローチするには、どうしたらいいのでしょうか。
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根本:行動経済学では、金銭のメリットを訴求することが最も行動変容につながると言われています。『WELL-being JOURNEY』では、その人の健康に良い商品が20%オフなどで買えるようなレコメンド情報を提供することで、結果的に健康になれるという考え方で運営しています。私がいま着ているTシャツにも書いていますが、「健康を意識しなくても、誰もが健康でいられる社会を創る」ことが、私の目標です。健康無関心層にアプローチしたほうが、WELL-beingの観点からも、市場規模の観点からも、伸びしろが大きいと考えています。
新たなアプローチの成功事例となった『今日はいい塩梅』
- 昨年、開催したフードマーケット『今日はいい塩梅』もそうした狙いを持ったイベントですか?
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根本:そうなんです。塩にフォーカスした減塩イベントなのですが、健康を訴求せずに塩のことを知ってもらう、かつ減塩商品を新たな層に購入してもらうという事例を作りたかった。例えば、若い方に人気のd食堂さんとコラボして『いい塩梅定食』を販売し、普段なら健康イベントには来ないような方々の来場を促しました。d食堂に来て塩について触れてもらうと、結果的に「あ、そういうのがあったんだ」と知ってもらえる、つまり認知が取れる。日本における減塩市場はすでに飽和していますが、減塩市場よりも範囲の広い「食塩調整市場」と捉え直すとまだまだ成長の余地があります。そのためにはターゲットをずらして、かつ訴求方法を変えればいいという考え方で、このイベントを実施しました。
- d食堂とのコラボ以外にはどのようなイベントを実施したのですか?
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根本:親子連れの方々に向けて『隠れ塩スタンプラリー』を実施しました。商品の中には必ず塩が隠れています。それを『隠れ塩』というキャラクターにして、いろいろなお店を回りながら探していくという遊びです。親御さんにもお子さんと一緒に回っている最中に、楽しみながら塩について知ってもらうという仕掛けを施しました。一般的に言われる「食育」のような堅いものではなく、スタンプラリーという遊びにすることで、まず「楽しかった」と感じてもらい、副次的に塩についても知識が得られるという流れにすれば、より多くの人に塩について知ってもらうことができます。スタンプラリーは好評で、『いい塩梅定食』も連日完売しました。結果的にいろいろな方に来場いただけるなど、イベントはとても盛況でした。ターゲットを変え、言葉を変え、訴求方法を変えたからこそ実現できたと考えています。
多摩地域から日本人の健康を守る事業を発信する
- 多摩イノベーションコミュニティに参加されたのはなぜですか?
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根本:もともとオープンイノベーションの必要性を認識しており、多摩地域のいろいろな企業とつながることができれば、事業に広がりが出るのではないかと考えていました。例えば『WELL-being JOURNEY』を多摩地域の小売店さんに導入してもらい、取得したデータを、多摩地域の市町村が持っているデータと組み合わせて分析する、といったことにも非常に興味があります。
- 根本さんにとって多摩地域の魅力は?
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根本:調布市と府中市が生活圏なのですが、このあたりは“神”なんじゃないかなと(笑)。 何でもそろっているので、都心に出なくてもすべてここで完結できます。また、商工会などは、23区内にいたときは感じられなかったコミュニティの一体感を感じますね。自分で言うのもなんですが、私の“多摩愛”はとても強いと感じています。多摩地域から、「健康を意識しなくても、誰もが健康でいられる社会を創る」ようなサービスをどんどん発信していきたいです。
会社情報
会社名 | 株式会社エスケア |
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設立 | 2015年9月 |
本社所在地 | 東京都調布市西つつじケ丘4-23-25-405 |
ウェブサイト | https://www.escare.co.jp/ |
事業内容 | 「健康を意識しなくても誰もが健康でいられる社会を創る」というミッションを掲げ、「健康無関心層の行動変容を促す仕組みづくり」、「公衆衛生学、行動経済学に関する知見」、「生成AIなど、各種AIに関する知見」を生かしたプロジェクト・コンテンツの企画・運営などを行っている。 |