本事業では、地域内外の中小企業・スタートアップや大企業、大学等が連携して、地域の課題解決を図るためのプロジェクトや、多様な主体が交流できる会員組織(コミュニティ)の立ち上げなど、イノベーション創出に向けた取組を進めています。このインタビュー連載では、多摩地域のイノベーションをリードする注目企業をご紹介することで、皆様に多摩地域の魅力を発信していきます。
東村山市に、世界に類を見ないオンリーワンの電動車いすを製造する企業があります。株式会社コボリンの浅見一志代表取締役は、障碍者の方の「できるを増やす」「可能性の引き出しになる」という理念の下、長年、電動車いすを作り続けてきました。真摯な姿勢と製品の高いクオリティでユーザーの熱い支持を集める浅見氏に、電動車いすの製造に懸ける思いを聞きました。
既製品をカスタマイズする“超”電動車いす
- 御社が作る“超”電動車いすとはどのような製品ですか?
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浅見:“超”電動車いすという言葉は、私が考案した造語です。市販の電動車いすは多くのオプションが用意されていますが、個々のニーズに対応するには限界があります。そこで、我々はお客様一人ひとりの体に合わせて市販の電動車いすをカスタマイズしています。市販の電動車いすを超える性能を備えたものとして、私たちはそれを“超”電動車いすと呼んでいます。例を挙げますと、呼気のみで色々な操作をできるように改造したり、お客様のこだわりに合わせてパーツを塗装したりクッション類を柄モノに変更したりと、これまで提供した電動車いすに同じものは一台もありません。あるユーザーさんからは「人生の中で何度も車いすを作り変えてきましたが、決まった枠にとらわれず、ここまで自由に自分の意見を言いながら、製作できたのは初めてです」というお声をいただきました。
お客様のニーズを徹底的に掘り下げる
- “超”電動車いすを作る上で大切なことは何でしょうか。
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浅見:“超”電動車いすを製造するにあたり、お客様のニーズを汲み取ることと、信頼関係を築くことの2つが非常に重要です。弊社では、この2点について十分な時間をかけています。お客様から「こういう車いすを作ってください」と言われ、それを忠実に作り上げても、うまく乗れなかったら意味がありません。当社の場合、まずは「それに乗って何をしたいですか?」「どこに行きたいですか?」「誰に会いたいですか?」「どんな使い方をしたいですか?」といった具体的な質問をして徹底的にお客様のニーズを掘り下げ、その過程で信頼関係を深めるようにしています。さらに、我々には車いす専業で事業を行ってきた経験があるため、進行性の障がいある場合には、その車いすに乗った5年後や10年後の状態をある程度想像することができます。これによりお客様のニーズを深く理解し、その人に最適な車いすを製造することができます。
姿勢の自由を提供するオリジナル商品『ハイネル』
- 御社のもう一つの主力製品『ハイネル』とはどのような車いすですか?
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浅見:憲法では“移動の自由”を保障していますが、弊社では移動の自由だけではなく、“姿勢の自由”も提供していきたいと考えています。そうした考えに基づいて開発したのが、姿勢変換機能つき電動車いす『ハイネル』です。『ハイネル』の特長は、三次元の動きにあります。一般的な電動車いすには、オプションとして背もたれだけが倒れるリクライニング機能や、背もたれと座面の角度が一定のまま倒れるティルト機能がついていますが、『ハイネル』はそれに加えて自由自在に「伸ばす、ひねる、傾ける」3次元の動きが可能で、好きなときに好きな姿勢をとることができます。人間の体は必ず左右差があり、障碍を抱えた方の中には骨盤が回旋していたり、体が変形している方がいらっしゃいます。それを矯正したい、あるいは変形した状態に合わせたいというニーズに応える形で開発しました。私が知る限り、世界中を見渡しても『ハイネル』のこの特長を備えた電動車いすは、見たことも聞いたこともありません。
同じ志を持つ多摩地域の企業と協業し、ユーザーの困りごとを解決
- 稲城市にあるテクノツール株式会社と協業しているとのことですが、どのような取組をしていますか?
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浅見:テクノツール株式会社は上肢機能に制限を抱える人たちでもパソコンやゲームを操作できるような、入力デバイスやアームサポートを中心としたアシスティブ・テクノロジー(※)を得意としていて、障碍者の「できるを増やす」という我々と同じ志を持った企業です。我々のお客様の中にはパソコンやゲームを操作したいというニーズがあり、一方でテクノツール社のお客様には電動車いすに乗りたいというニーズが存在します。お互いが手を組めばどちらも解決できると社長の島田さんと意気投合し、業務提携に至りました。島田さんはお客さんを通じてご紹介いただきました。同じ地域、同じマーケットで活動しているので、お互いのお客様で困ったことや相談したいことがあるときは連絡をとりあっています。
※アシスティブ・テクノロジーとは、障碍による物理的な操作上の不利や障壁(バリア)を、機器を工夫することによって支援しようという考え方。実績はまだ数件ですが、事例を一つ紹介します。筋ジストロフィーを患っている当社のお客様が、手の力が低下し、座った状態でのマウス操作が難しくなってきました。このため、仕事やゲームのプレイが制限され、家庭内で寝たきりになり、時間が苦痛に感じられるようになってしまっていました。この方に対してテクノツール社を紹介し、世界で初めてNintendo Switch公式ライセンスを受けたアクセシブルな「フレックスコントローラー※」や視線入力装置を組み合わせて、寝たままでもゲームができるような装置を構築してもらいました。今ではやりたいゲームのタイトルがどんどん増えて、毎日楽しく過ごしていらっしゃいます。
地域のお祭りに参加し、子どもたちと車いすとの接点を作る
- 多摩地域のお祭りや集まりに積極的に参加しています。その狙いは?
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浅見:一般社会と電動車いすとの接点を増やすために活動しています。仕事を受注するためだけなら福祉業者が集まる展示会に出展すればいいのですが、私は商店街のお祭りなど、なるべく子どもたちが集まる場所に参加するようにしています。とてもありがたいことに、SNSで「このお祭りに参加します」と告知をすると、弊社の車いすのユーザーさんが自然と駆けつけてくれて、子どもたちに乗り方を教えてくれます。
子どもの頃に、車いすに乗る当事者と接点を持つ経験をすることは非常に大事だと考えています。それはなぜかと言うと、例えば、その子が大人になって、もし車いすの方が何かで困っているところに遭遇した場合に、さっと手を差し伸べてあげるかもしれません。例えば、メーカーに就職して新製品を考案する際に、ユニバーサルなデザインに寄り添うよう心がけたりするかもしれません。自分の勝手な想像ですが、子どものころに何かしらの接点を持った経験が増えれば、障碍者の方への理解が深まるのではないかと思っています。社員からはお金にならないし遊んでいるように見えると言われることもありますが、これはCSRだと説明しています(笑)。
多摩エリアは障碍者が暮らしやすい地域
- 多摩地域で事業をすることの意味は?
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浅見:私は生まれが狛江市で、その後も調布、府中、日野など、多摩地域に住むことが多く、東村山で起業したのも東村山に住んでいたからなのですが、起業してみて分かったことが、車いす製造と多摩地域の相性の良さです。多摩地域は地域の医療連携の中核を担う病院が多く、全国から障碍者の方が集まってきます。また、東京都は関東近郊の他県と比べて福祉にかけている予算が多く、電動車いすの購入に対してある程度、補助金がおります。さらに23区と比べて道路も広く、ゆったりとしていて住みやすい環境も整っています。おそらく、多摩は電動車いすの方が日本で一番暮らしやすい地域だと思います。
多摩地域のポテンシャルを生かせば、障碍者が自立した生活を送りやすい地域として、全国の模範になる可能性があります。現在の課題は、電動車いすの方が入居できる賃貸物件が少ないこと、就労場所の確保が難しいこと、ヘルパー不足の3つが挙げられます。これらが解決できれば、障碍者の自立生活はより実現可能になるはずです。これらの進歩が多摩地域に留まらず、全国に広がることで、日本もより豊かな社会になるのではないでしょうか。
会社情報
会社名 | 株式会社コボリン |
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設立 | 2007年8月 ※2022年8月に法人化し「車いす工房 輪」から株式会社コボリンへと改称 |
本社所在地 | 東京都東村山市野口町2-18-5 |
ウェブサイト | https://koborin.com/ |
事業内容 | 電動車いす・座位保持装置、メンテナンス、オリジナル福祉商品開発・販売 |