本事業では、地域内外の中小企業・スタートアップや大企業、大学等が連携して、地域の課題解決を図るためのプロジェクトや、多様な主体が交流できる会員組織(コミュニティ)の立ち上げなど、イノベーション創出に向けた取組を進めています。このインタビュー連載では、多摩地域のイノベーションをリードする注目企業をご紹介することで、皆様に多摩地域の魅力を発信していきます。
資金・経験・人脈が一切ない状態から、新規参入が困難とされる映画界へ飛び込み、今では国内外で高い評価を得ている映画制作・配給会社TNC(株式会社Tokyo New Cinema)の代表取締役 木ノ内輝氏。米ハーバード大学で医学の研究をしていた異色の経歴を持つ新進気鋭のプロデューサーに、伝統的な映画の世界でどのようにしてゼロからイチを生み出したのか、話を聞きました。
医学の道から映画界への転身
- 医学の道からまったくジャンルの違う映画業界へ転身したのはなぜですか。
-
木ノ内:まず前提として、多くの人は医学とクリエイティブを別の分野として捉えがちですが、実際にはクリエイティブはあらゆる分野で活用されています。私は医学のなかでも特にクリエイティブな要素が顕著な再生医療のイメージング技術(※)に関する研究をボストンで行っていました。また、私のバックグラウンドには、大学での芸術学と医学の学びがあります。映画は芸術と生命の融合ですから、映画の道へ進むことに不安は感じませんでした。
※再生医療のイメージング技術とは、生体組織や細胞の再生や修復の過程を視覚的に捉えるための技術。この技術は再生医療の分野で非常に重要な役割を果たしている。
- 数あるクリエイティブの分野のなかで、映画を選んだのはなぜでしょうか。
-
木ノ内:もともと芸術全般が好きではありますが、映画はクリエイティブな分野での技術の頂点にあると考えています。映画の制作を行いながら他ジャンルでも成功を収めているクリエイターは多くいます。
当時は珍しかったクラウドファンディングを活用
- 映画界での経験や人脈、資金もないなかで、どのようにして映画を作り続けることができたのでしょうか。
-
木ノ内:必要なのは戦略と準備なのではないかと思っています。2011年に活動を開始した当時、私たちは若く、資金・経験・人脈が一切ありませんでしたが、常識に縛られず、柔軟なフットワークを持っていました。また、早くからSNSを活用しました。特にⅩ(旧Twitter)ですね。資金集めのために、Ⅹを介して、日本のビジネス界でもなじみが薄く、映画界ではまだ誰もやっていなかったクラウドファンディングを行いました。当時のクラウドファンディングはまだまだ浸透しておらず、ある種の胡散臭さを感じる人も多かったのですが、私たちにとっては重要なツールでした。資金・経験・人脈のいずれも持たない状況で映画を制作できたのは、この柔軟性があったからだと考えています。
- クラウドファンディングは最初からうまくいきましたか?
-
木ノ内:最初は日本のプラットフォームを利用し、そして失敗しました。ただ、それで諦めるのではなく、何が間違っていたかを私たちなりに分析しました。まず変えたのは、アメリカのクラウドファンディングのプラットフォームを利用し、プロジェクトを英語で紹介したことです。この際、内容を目に留まりやすく、理解しやすい形に工夫をして提示しました。さらに、海外在住のインフルエンサーに連絡を取り、プロジェクトの紹介をしてもらうなど、デジタルマーケティングを行いました。2013年の『Plastic Love Story』は、私たちがクラウドファンディングを成功させ、初めて世に出した作品です。
モスクワ国際映画祭でダブル受賞を達成
- 2017年には『四月の永い夢』でモスクワ国際映画祭の「国際映画批評家連盟賞」と「ロシア映画批評家連盟特別表彰」をダブルで受賞しました。この賞は木ノ内様にとってどういった意味を持っていますか。
-
木ノ内:モスクワ国際映画祭は歴史的に世界4大映画祭の一つとされていて、大変意義のある成果だったと思っています。特に国際映画批評家連盟賞は世界的に権威のある映画賞の一つでして、濱口竜介監督(※)もカンヌ国際映画祭でこの賞を受賞しましたが、私たちも限られた人脈と資金のなかでこの賞を受賞できたことには大きな意味があり、私たちのその後の映像制作の展開に大きな影響を与えたと思います。映像産業は門戸の広い産業ですが、業界内での評価を得ることは非常に難しい。この受賞によって、国内外の映像業界の方々から認めていただき、自主制作上がりの我々が世界に評価された制作会社になることができました。
※黒澤明に次いで、米アカデミー賞と世界3大映画祭(カンヌ、ベネチア、ベルリン)全てで受賞を果たした日本人映画監督
映画制作で培ったノウハウを生かし様々な映像制作を請け負う
- 映画のほかにCMやドラマ、広告、SNSなど様々な領域で映像制作を手がけられていますが、御社の強みは何でしょうか。
-
木ノ内:映画に強いコンテンツ制作会社だからこそ、クリエイティブに関しては同規模の制作会社のなかでも劣らない技術を持っていると自負しています。映像制作の豊富な実績と、しっかりしたデジタルマーケティングの知識を併せ持ち、かつ国際的にも展開できる会社は日本にはほとんどないのではないでしょうか。一つ事例を挙げて紹介します。森山未來さん主演の『オルジャスの白い馬』(2020年)を制作した際に、大手広告代理店や大手音楽事務所などの、名立たる企業のなかから弊社が制作委員会の幹事に選ばれました。この映画はカザフスタンで撮影を行ったのですが、その過程で現地スタッフとの調整や現地企業との交渉、さらに日本での委員会メンバーとの協議が必要でした。もちろん契約書も現地の言葉と英語で交わさなければいけません。このような調整を行えるのは、おそらく我々だけだったと思います。
「映像+インターネット」で映画界にイノベーションを起こす
- 多摩イノベーションエコシステムには、多摩地域の企業の連携を促しイノベーションを創出するという目的があります。御社が他社と連携してイノベーションを起こした事例があれば教えてください。
-
木ノ内:まずイノベーションとは何かというと、新しい技術と既存のものやサービスを組み合わせたものだと認識しています。例えば、馬車の動力が馬からエンジンに変わって生み出されたものが自動車ですよね。そういう意味では、我々は「映像+インターネット」でイノベーションを起こしました。協業といった意味の連携事例ではありませんが、クラウドファンディングを利用した映画制作は、まさにそれに当てはまります。他にも、YouTubeで映画の予告編を流したのも我々が行ったイノベーションの一つです。10年前は、映画の予告編をオンラインで流すという発想はほとんどない時代でしたが、我々は映画界にもインターネットの時代が来ると予測し、デジタルマーケティングに力を入れて業界を先導しました。
- 地域の企業や行政との横のつながりはございますか?
-
木ノ内:例えば、小田原市と共に観光PR動画を制作したり、同じ町田市内のWEB制作会社にサイトの制作をお願いすることもございます。また、まだ一般公開してないため詳細は申し上げられませんが、現在、国内外の企業との協業を進めております。成果も出てきている状況で、情報を公開できる日をまずは楽しみにしているところです。
Tokyo New Cinemaが町田を活動拠点とする理由
- なぜ、町田を拠点にして活動されているのでしょうか。
-
木ノ内:創業メンバーの活動拠点だったことに加えて、弊社がオフィスを構えているMBDA(町田新産業創造センター)の存在が大きいです。このインキュベーション施設は諸々の条件がすごくフレキシブルで、元々庁舎だっただけあってセキュリティ面も優れています。さらに、銀行出身の事務局の方がプロ意識を持って運営されていて、資金繰りや財務に関するアドバイスまでしてくれ、かつ公的なプライベートセクターということで登記もできます。こうした諸々の条件から、ここを拠点にして事業を展開しています。
- 多摩地域の良さは何でしょうか。
-
木ノ内:以前、都心で撮影をした際に撮り逃してしまったシーンがあり、スケジュールの関係ですぐに再撮影する必要があったのですが、このMBDAはフレキシブルに対応してくれて、夜中でも撮影させてくれました。こうした、全て事務的ではなく人情味のあるところが、町田や多摩地域の良さではないでしょうか。また、町田は利便性も高いですよね。スーパー、法務局、銀行、役所など日常生活に必要なほとんどのものがそろっていて、衣食住が充実しているので、QOL(生活の質)が高いと感じています。
会社情報
会社名 | TNC(株式会社Tokyo New Cinema) |
---|---|
設立 | 2011年 ※2015年に法人化 |
本社所在地 | 東京都町田市中町1-4-2MBDA |
ウェブサイト | https://tokyonewcinema.com/ |
事業内容 | 企画制作(映画・PR) |