長年培った樹脂成形技術を生かし医療器具開発に挑むプラスチック成形メーカー
日精産業株式会社
代表取締役 古屋 儒英

本事業では、地域内外の中小企業・スタートアップや大企業、大学等が連携して、地域の課題解決を図るためのプロジェクトや、多様な主体が交流できる会員組織(コミュニティ)の立ち上げなど、イノベーション創出に向けた取組を進めています。このインタビュー連載では、多摩地域のイノベーションをリードする注目企業をご紹介することで、皆様に多摩地域の魅力を発信していきます。
日精産業株式会社は、東京都青梅市を拠点に高機能樹脂を専門とするプラスチック成形を手掛ける企業です。卓越した精密加工技術を生かし、電子部品や自動車部品を製造。特にリードフレームや接点部品など、高精度が要求される製品に強みを持っています。2019年に先代の跡を継いだ代表取締役の古屋儒英氏に、事業内容についてお話を伺いました。
プラスチック成形メーカーから独立した先代が創業
- 会社の成り立ちについてご紹介ください。
古屋:弊社は1977年、私の父が国立市で創業しました。事業の始まりはレタオープナー(封筒の端を切り開ける機械)の製造で、釣り具やリールの製造も手掛けていたようです。弊社の成長の原動力となったのは、高機能樹脂を活用したフープ成形技術です。フープ成形とは、金属やプラスチックの薄い帯状の材料(フープ材)を使用し、連続供給される素材に対してプレス、曲げ、切断など複数の加工を行い、高精度かつ複雑な形状の部品を大量生産する手法です。主に電子部品や自動車部品の製造に適用されています。父は創業前にプラスチック成形メーカーで経験を積み、そこで得た知識と技術を基に独立したのが弊社の始まりです。

電子部品メーカーや樹脂メーカーからの信頼を勝ち得る
- 先代はどのようにして会社を成長させていったのでしょうか。
古屋:父は樹脂、金型や成形のスペシャリストで、樹脂メーカーから「この樹脂を売りたいが、どうしたらいいか」という相談を受けると、「わかった」と即答し、電子部品メーカーの設計部門に直接足を運び、「このメーカーのこの樹脂を使うべきだ」と提案し、次々と樹脂の切り替えを実現していたそうです。また、電子部品メーカーの設計部門にも積極的にアドバイスを行い、「そこにゲートを設けるとコストが高くなり、成形も難しい」「ここにゲートを配置すれば、金型も安価で簡単に製造できる」など、具体的な改善案を提示していたと聞いています。このように、設計者に直接アプローチして的確なアドバイスを行い、電子部品の大量注文を次々と獲得していきました。こうした姿勢が樹脂メーカーや電子部品メーカーからの信頼を生み、会社の成長を大きく後押ししたそうです。
突然訪れた事業継承
- 2019年にお父様がご逝去され、古屋様が代表取締役を引き継がれたとのことですが、ご自身が事業を継ぐことは以前から決まっていたのでしょうか?
古屋:いいえ、全然決まっていなかったんです。金融機関からは「事業をどうやって継承していくのですか?」と何度も聞かれていたのですが、そのたびに父がすごく不機嫌になり、継承についての話は一切口にだせませんでした。そのような中で急に父が入院した際、病床で「医療器具の開発はどうなってる?」と開発途中だった医療器具についてすごく気にしていて、医療器具に対する思いがとても強かったのだと感じました。そこで「これは私が継いで形にしてあげなければ」と事業を継ぐ決意を固めました。ただ、「やります」と手を挙げたものの、正直なところ悩みましたし、逃げ出したい気持ちもありました。しかし、取引先にも従業員にも迷惑をかけるわけにはいかないという思いで、腹をくくりました。

滋賀医科大学と共同で樹脂製の手術器具を開発
- 医療器具の開発について教えてください。2015年に医療分野での産学連携を推進するAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)の事業に採択されたとのことですが、どのような経緯があったのですか?
古屋:電子部品の製造シェアがどんどん海外に奪われていく中で、樹脂材料メーカーの担当者と話し合いを重ねるうちに、「手術器具を開発してみよう」という流れになりました。その後、その樹脂材料メーカーとつながりのあった滋賀医科大学と一緒に開発することになり、AMEDの事業に採択されました。従来の樹脂製手術器具もありましたが、触ってみるとやっぱりヘニャヘニャで頼りない感じでした。そこで、カーボンファイバーを配合した樹脂を使い、強度を上げました。開発初期には、大学の先生からお借りしたピンセットやハサミをコピーして図面を引き、金型を作りました。しかし、元のステンレス製器具と同じ形にすると、細い部分がポキンと折れてしまうことが分かったり、強度や把持力が不足することがわかりました。そこからは、先生と相談しながら、「この部分をちょっと太くしたらどうだろう」「カーブを滑らかにしたほうがいいんじゃないか」といった意見をもとに改良に改良を重ねていきました。そして、今の形に帰結しました。

ステンレス製に比べて軽量で低コスト
- 樹脂で手術器具を作ることのメリットはどこにあるのですか?
古屋:まず、何と言っても軽いことですね。手術中に先生から「これ持っていて」と指示されて、何時間もその器具を持ち続けることもあるらしいのですが、そういう場面では軽さが大きな助けになりますし、女医さんにも優しい器具だと思います。また、洗浄のときは器具をザルにぎっしり詰めて洗うのですが、それを持ち運ぶと10キロとか20キロにもなるので、軽いほうが絶対にいいですよね。それともう一つ大きなポイントは、ステンレス製のハサミの刃を研ぐ職人さんが減ってきていて、結果的にメンテナンス費用がどんどん上がってます。その点、樹脂製のハサミは刃の部分こそステンレスですが、安価なため買い替えも容易です。そういう背景もあって、軽量化とコスト削減の両面で樹脂の器具が非常に有効です。ステンレス製の器具と比べて、約3分の1の軽さを実現できました。
チップを挿入することで管理を簡略化
- そのほかに特徴はありますか?
古屋:弊社では、樹脂の中にRFID(※1)のチップを挿入する技術を確立していて、それに関する特許も取得しています。このチップがあると、例えば手術器具を機械にピッと通すだけで、「今日は誰々さんの何の手術で、何月何日にこの器具を使いました」「滅菌が完了しています」「胃がんの手術セットの中に入れました」などの履歴が全部記録されるんです。さらに、本数確認のときにも便利で、手術後に器具をスキャンすると「ピンセットも含めて、全ての器具がそろっています。お腹の中に何も残っていません」ということがすぐ確認できます。これなら、一本ずつ数える必要がなくなりますよね。そういった管理の簡略化ができるのも、この技術の大きなメリットです。
※1.RFID(Radio Frequency Identification)とは、無線通信を利用してタグに記録された情報を非接触で読み取る技術。ICチップを備えたタグを商品やカードに取り付け、専用リーダーでデータを取得する。

刃物メーカーのアドバイスで難題を解決
- 手術器具ならではの機能ですね。ちなみに、他業種との連携の中で感じたメリットはありますか? また、開発する上で大変だった点はありましたか?
古屋:ピンセットやハサミでも、先生方が実際にどう使っているのかは、私たちには分かりませんでした。そこで、先生に動物実験の現場を見せていただき、「こうやって使うんだ」と具体的なイメージが湧きました。そこから得た気づきをデザインに反映できたのは、とても大きなメリットでしたね。一方で、先生方のご要望を形にするのは本当に苦労しました。例えば、ハサミの刃はステンレス製を求められていたのですが、高温の滅菌器に入れると切れ味が落ちてしまうんです。でも、どうしてそうなるのかが全然分からなくて……。そこで、刃物メーカーへ相談したところ、試験をしてくださって、すごく詳しいレポートを返してくださいました。その結果、「この素材に変えるべきだ」とアドバイスをいただきました。そのおかげで、滅菌器に入れても切れ味を保てるハサミを作ることができました。こうした異業種の協力があったからこそ、乗り越えられたと感じます。

医療業界に革命を起こしたい
- 今後の展望を教えていただけますか?
古屋:医療器具はまだまだこれからの分野ですが、弊社の技術を最大限に生かし、医療従事者の技量や労力に頼らない製品の開発を進めていきたいと思っています。医療機器製造業の業許可はありましたが、最近、医療機器製造販売業の資格も取得したので、これからは販売にも力を入れて、医療業界にちょっとした革命を起こしたいなと思っています。中長期的には、物価や人件費の上昇が続く中で、製造現場のオートメーション化が必須だと考えています。現状、人力での作業が多いため、そこをどんどん自動化していく必要があるなと。AIの導入なども視野に入れています。弊社の工場長は「最終的には誰も出社せず、家からリモコンで全ての機械を操作して製造ができるようにしたい」という夢を語っています。そうしたビジョンを実現するために、これからもチャレンジしていきたいです。

会社情報
会社名 | 日精産業株式会社 |
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設立 | 1977年10月 |
本社所在地 | 東京都青梅市新町6-19-2 |
ウェブサイト | https://www.nissei-ind.co.jp/ |
事業内容 | プラスチック成形業 |