リンゴが紡ぐストーリー。家業と立川の歴史をベースにした人気カフェを展開
株式会社 根津
統括マネージャー 根津 祐太郎

本事業では、地域内外の中小企業・スタートアップや大企業、大学等が連携して、地域の課題解決を図るためのプロジェクトや、多様な主体が交流できる会員組織(コミュニティ)の立ち上げなど、イノベーション創出に向けた取組を進めています。このインタビュー連載では、多摩地域のイノベーションをリードする注目企業をご紹介することで、皆様に多摩地域の魅力を発信していきます。
株式会社根津は、立川市で青果の卸売業を営む老舗企業です。三代目にあたる根津祐太郎氏は、新たに飲食業に挑戦し、アップルパイを看板商品とするカフェ「Adam’s awesome PIE(アダムスオーサムパイ)」を立川駅近くにオープンさせました。飲食業はまったくの未経験からのスタートだったという根津氏に、カフェ事業に込めた想いや、その背景を伺いました。
父の一言で未経験の飲食業に挑戦
- 家業に携わるようになったのはいつ頃からですか? また、カフェ事業を始められたきっかけについても教えてください。
根津:新卒ではIT系の会社に就職したのですが、リーマンショックの影響で会社が経営危機になって。その後、いくつかの会社を転々としたあと、長男ということもあり、2011年ごろに実家の会社に戻りました。当初は青果の卸売業に携わるつもりで、配達や営業を担当していたのですが、ある日突然、父から「飲食をやりたい」と言われ、「お前、学校に行ってこい」と(笑)。それで、カフェオーナーコースのある専門学校に通うことになったのです。昼は八百屋で働き、夜は学校へ通うという生活を1年間ほど続け、2016年10月に「アダムスオーサムパイ」をオープンしました。飲食の経験もなかったので手探りでしたが、普通のカフェだと埋もれてしまうと思い、地域性や家業の歴史を生かした、独自のコンセプトで勝負しようと決めました。

リンゴとの不思議な縁
- お店を拝見して、個性あふれるアップルパイとおしゃれな内装がとても印象的でした。その独自のコンセプトはどのようにして生まれたのでしょうか。
根津:専門学校で「自分の強みを見つけて、それを活かした店づくりを考える」という課題が出たのですが、当時の自分には胸を張って言える強みが思い浮かばなくて、正直どう書いていいか分からなかったんです。そこで一度家に持ち帰って父に相談したところ、「昔、うちは長野県でリンゴ問屋をやっていたんだ」と教えてくれて。その言葉をきっかけに、「この家業の歴史を活かして何かできないか」と考えるようになりました。
でも、それだけではまだ弱いなと感じて、今度は立川という街の歴史にも目を向けてみたのです。すると、今の本店がある場所には、かつて米軍基地があり、住所が“カリフォルニア州”だった時代があったと知って。しかも、カリフォルニア州には、リンゴを使って町おこしをしている地域があり、アップルパイを名物にしているところがあるんです。その地域をロールモデルに、「うちも長年リンゴで商売をしてきたし、アップルパイを通じて何か新しいことができるのでは」と考えるようになりました。さらに調べていくと、立川市は同州のサンバーナディノ市、長野県大町と姉妹都市であり、それらをつなぐ共通のキーワードが“リンゴ”だったのです。その偶然も後押しになって、「これだ」と思えるコンセプトが見えてきました。

“尖り”すぎて売れなかったアップルパイ
- コンセプトが定まった後、アップルパイはどのようにして形にしていったのでしょうか?
根津:いわゆる一般的なアップルパイをそのまま作ってしまうと、結局は他の商品に埋もれてしまいます。だからこそ、リンゴの品種ごとに少しずつ味を変えるなど、素材の味をしっかり活かすことにこだわりました。アップルパイって、どうしても似たような味になりがちで、個人的には「どれも同じじゃない?」と感じていたんです。そこで、アメリカらしさを取り入れつつ、生地や形にも工夫を加えました。生地は層になっていないアメリカ風の練りパイで、タルトのようなタイプ。その上にクランブルと呼ばれるクッキー生地をのせて焼き上げています。リンゴは煮ずに、生のまま焼き上げるスタイル。さらに、使う品種によってレシピも細かく調整しています。

ただ、正直に言うと、少し尖りすぎた商品を作ってしまったところがあって、最初はなかなか受け入れてもらえませんでした。本来であれば、まず「世の中が何を求めているか」を考えるべきだったと思うのですが、当時は「個性を出すこと」に意識が向きすぎてしまって。結果、アップルパイ好きの方々や、アップルパイを求めて来られるお客さんにとっては、「これってアップルパイなの?」とか、「なんだかよくわからない」いった声が多く、商品の魅力がうまく伝わらず……全然売れなかったんです。あのときは、心が折れそうになるくらいつらかったですね。
テレビ番組がきっかけで状況が一変
- どのようにして、そのつらい時期を乗り越えたのでしょうか?
根津:ちょうどそんなときに、あるテレビ番組でお店を特集していただく機会がありました。弊社の歴史や、アップルパイの開発にまつわるエピソードまで丁寧に取り上げてくださって。その放送をきっかけに、味は何ひとつ変えていないのに、翌日からお客様の反応ががらりと変わったんです。本当に驚きましたし、「マーケティングってこういうことなんだ」「伝え方ひとつで、こんなにも印象が変わるんだ」と痛感しました。何も知らずに食べるのと、背景やストーリーを知ったうえで味わうのとでは、同じ商品でも感じ方がまったく違うんですよね。あのころは、心が折れかけていた時期でもあったので、あの反響には救われました。それまでは、「苦労して美味しいものを作れば、自然と売れるはずだ」と信じていた自分にとって、まさに“洗礼”のような経験でした。今では、このアップルパイがふるさと納税の返礼品にも選ばれていて、多くの方に届くようになっています。

地元企業との積極的な連携
- 地域とはどのような関わりがありますか?
根津:国営昭和記念公園の花みどり文化センター内にある「TiSTORE(ティーストア)」では、福永紙工株式会社さんがショップスペースを、弊社がカフェスペースをそれぞれ担当し、立川観光コンベンション協会と三者で連携して運営しています。まさに、地域の力を結集して取り組んでいるプロジェクトのひとつです。
また、地元のプロフットサルチーム「立川アスレティックFC」の代表を務める皆本晃さんとは、同世代ということもあって、そのご縁で、チームがクラウドファンディングを実施する際、「返礼品として特別な味のパイを作ってくれないか」とお声がけをいただきました。そこで開発したのが「アスレフレーバー」という特別なパイです。通常よりも大きめの四角い形で、中にはリンゴとカスタードクリームを詰めました。甘さは「勝ち点を取って、みんなで美味しい思いをしよう」という願いを込めていますが、でもそれだけでは勝てない――。日々の厳しいトレーニングや試合の緊張感も表現したくて、ジンジャースパイスを効かせて、ピリッとしたアクセントを加えました。このパイは、返礼品としてご提供いたしました。
地域の果物を生かした商品づくり
- 企業や生産者と連携して新商品の開発も進めているそうですね。
根津:たとえば、山形県にあるジャムメーカーさんと、「地域の果物を使って何か一緒に作りたい」という話をいただきました。その流れで、八王子産のパッションフルーツを使った「リリコイバター」というパッションフルーツのバターを、八王子の農協さんとも連携して開発しました。また最近では、立川のブルーベリー農園さんとも協力し、現在はまだ開発段階ですが、ブルーベリーを使ったジャムなどを一緒に作っていこうと進めているところです。こうしたかたちで農家さんとつながりながら、地域の素材を生かした商品づくりに取り組んでいます。ありがたいことに、「根津さんならいいよ、やろうよ」と言ってくれる方々が多くて。それはきっと、これまで積み重ねてきた歴史や活動が、信頼につながっているのだと思います。

夢は日本のおいしいアップルパイを世界へ届けること
- 最後に、今後の展開についてお聞かせください。
根津:やはり、この「味」をもっと多くの人に届けていきたいという思いがあります。現在はフランチャイズ展開も視野に入れているのですが、どうしても初期投資が大きく、すぐにパートナーが見つかるわけではありません。ただ、単に広げることが目的ではなく、やはり志を共有できる方とでなければ、一緒にやる意味がないと思っています。だからこそ、想いを共にできる方と出会えたときに、そこから広げていきたいと考えています。
一方で、最近は卸にも力を入れていて、たとえば埼玉県朝霞市の病院に商品を卸し始めたところ、入院中の方や来院の方に購入いただき、とても喜んでいただけました。そういった間接的な届け方でもいいですし、自社ブランドとして直接届ける形でも構いません。とにかく、「おいしさ」をさまざまな形で広めていきたいという気持ちは一貫しています。
最終的には、「あのアップルパイって、立川に本店があるんだよね」とか、「やっぱり長野のリンゴっておいしいよね」と、そんなふうに言ってもらえるようになればうれしいです。そうなれば、産地の果物の価値も高まり、地域が元気になり、日本全体の活力にもつながっていくと思うんです。さらにいえば、いつか「日本のアップルパイっておいしいよね」と、世界に広がっていったら最高ですね。海外のアップルパイは、どうしても味の淡いリンゴに大量の砂糖を加えて仕上げることが多いのですが、弊社のように素材そのものの味を生かして作るアップルパイの美味しさを知ってもらえたら、もっと楽しくて豊かな食の世界が広がるのではないかと感じています。もちろん、海外展開には検疫などのハードルもありますが、もしそれをクリアできるなら、ぜひ挑戦してみたい。そんな未来につながっていけば、本当にうれしいですね。

会社情報
会社名 | 株式会社 根津 |
---|---|
設立 | 1955年 |
本社所在地 | 東京都立川市高松町2-7-11 |
ウェブサイト | https://www.adamsawesomepie.co.jp/ |
事業内容 | 飲食店「Adam’s awesome PIE」の経営及び運営、商品プロデュース等/青果卸売業 |