“音の神様”の感性を受け継ぐ、青梅発のオーディオメーカー
アドフォクス株式会社
代表取締役社長 成沢 崇志
本事業では、地域内外の中小企業・スタートアップや大企業、大学等が連携して、地域の課題解決を図るためのプロジェクトや、多様な主体が交流できる会員組織(コミュニティ)の立ち上げなど、イノベーション創出に向けた取組を進めています。このインタビュー連載では、多摩地域のイノベーションをリードする注目企業をご紹介することで、皆様に多摩地域の魅力を発信していきます。
アドフォクス株式会社は、電子機器の試験機や集音器、バイノーラルマイク(※1)の開発・製造を手がける青梅発のメーカーです。音の明瞭化技術を強みとし、難聴者向けオーディオ機器において独自の価値を創出しています。今回は、成沢崇志氏に、事業の歩みやモノづくりへの想いについて詳しくお話を伺いました。
※1. バイノーラル(binaural)とは、「両耳の」という意味の英語で、バイノーラルマイクは、人間の耳と同じ位置に配置された2つのマイクを使用して音の方向や距離感を記録可能で、人の耳で聞こえるのと同じ立体感で音を録ることができる
オーディオメーカーから仲間とともに独立
- 御社の創業の経緯についてお聞かせください。
成沢:創業は1991年ですから、もう30年以上前になります。会社を立ち上げたのは私の父で、当時はナカミチというオーディオメーカーに勤めていました。父をはじめ、仲間たちは長年ものづくりに携わってきましたが、当時はオーディオ業界が斜陽に向かいはじめていた時期でもあり、「このままでは厳しいだろう」という判断で、皆そろって会社を辞めたんです。「これから何をやろうか」と模索するなかで、具体的な製品も決まらないままスタートを切ったのが、アドフォクスのはじまりでした。私が入社したのは、創業からおよそ10年が経った2000年前後です。
音にこだわったスピーカーを開発するも……
- 当時はどのような製品を手がけていたのでしょうか?
成沢:当時はスピーカーを製造していました。父は音への強いこだわりを持っていて、「強調された音」が嫌いで、共振を利用して音を派手にする当時の一般的な手法に対しても否定的でした。というのも、そういった音は二重に重なって聞こえたり、低音域ではボーボーと鳴り響いたりして、確かに迫力はあるけれど、オーケストラの生音を知っている人間からすると「何かが違う」と感じてしまうからです。父はオーケストラをこよなく愛し、「自然な音を、できる限り正確に再現したい」という信念の下でスピーカー作りに取り組んでいました。そんなこだわりから生まれた最初のスピーカーが「フォルテッシモ」というモデルです。
ただ、正直なところ商売としては非常に厳しいものでした。集まっていたのは皆、技術畑の人間ばかり。父はもともと技術部長でしたし、ほかのメンバーもアンプやスピーカーの設計に携わってきたエンジニアで、営業を担う人間が誰一人いなかったのです。スピーカー事業自体も、おそらく10年は続かなかったと思います。製品としての完成度は非常に高かったものの、販売力が伴わなかった。フォルテッシモを皮切りにいくつかモデルをリリースしましたが、ビジネスとしてはなかなか軌道に乗りませんでした。

『コロナ放電試験機』が会社を救う
- どのようにして経営を軌道に乗せたのでしょうか?
成沢:私が入社したちょうどその頃、『コロナ放電試験機』の開発依頼が舞い込みました。これが、後のアドフォクスを支える大きな柱となります。当時は、家電製品にインバーター技術(※2)が導入されはじめた時期で、電子レンジなどにもインバーター制御が使われるようになっていました。ところが、電子レンジが自らの内部部品を破損してしまうという問題が発生したんです。その原因が「コロナ放電」と呼ばれる現象で、トランス内部に高電圧がかかった際に微小な放電が起こり、これが絶縁体を劣化させてしまう。結果として製品寿命が大きく縮んでしまうんですね。そこで「この放電を検出できる試験機が欲しい」という要望をいただいたのがきっかけです。父はその依頼を受けて、「これはこれからの時代に絶対必要とされる試験機になる」と直感し、すぐに開発に乗り出しました。この製品は、まさにアドフォクスの主力事業となりました。今でも売上の半分を支えていると言っても過言ではありません。
※2. 電気の周波数と電圧を自在にコントロールして、モーターの回転を細かく制御する技術。家電では、エアコン、冷蔵庫、洗濯機、掃除機などでよく使われている

音の聞き取りを補助する集音器『np707』
- 現在は試験機に加えて、「集音器」も積極的に打ち出されていますね。
成沢:こちらが当社で開発したヘッドホン型の集音器『np707』です。用途は補聴器と似ていますが、法律上の分類が異なります。もともと当社では、医療機器として補聴器の製造を行っていました。しかし、医療機器として販売するためには、販売管理者などの有資格者が必要となるなど、販売に大きな制約がありました。そこで私たちは、医療機器としてではなく「集音器」として製品を位置づけ、製造・販売することにしたのです。
この判断により、販売許可証が不要となり、家電量販店やオンラインショップなど、より幅広いチャネルで展開できるようになりました。機能的には補聴器とほとんど変わらず、音をしっかりと拾って聞き取りを補助する性能を備えている一方で、より多くの方々に手に取っていただける製品になったと感じています。

音を明瞭に聞き取れる独自の回路を搭載
- この製品はどのような点にこだわっているのですか?
成沢:難聴の方だけでなく、健聴者も快適に使えるよう設計しています。たとえば、パラメーターを調整すれば、音を“引き寄せる”ように聞くこともでき、耳が良い人・悪い人の違いにかかわらず、それぞれに合った聞こえ方が実現できます。このヘッドホン型集音器は、音楽を楽しみながら周囲の音も自然に取り込める設計です。一般的な密閉型ヘッドホンでは外部の音が遮断され、話しかけられても気づけませんが、この製品はマイクを通じて周囲音も取り込むため、音楽と環境音のバランスを保てます。他社の“外音取り込み機能”では、「聞こえるけど聞き取れない」という声もありますが、当社の製品は補聴器開発のノウハウを生かし、音を“明瞭に聞き取る”ことにこだわっています。
その設計思想はイヤホン型の製品にも共通しています。私たちが重視するのは「すべての音を聞かせながら、雑音化させない」こと。人の耳と脳は、たとえ騒がしい場所でも必要な音を選んで聞き取る力を持っています。この“選別力”を模倣し、当社製品には音声の明瞭化処理を行う独自回路を搭載。男女の声が混ざるような状況でも、それぞれの音が自然に聞き分けられるようリアルタイムで増幅特性を調整します。そのため、一般的な補聴器にありがちな「キンキンした不快な音」も生じません。
さらに、オーディオとしての音質にも妥協はありません。音楽を聴いたとき、ピアノの弦を叩く音やペダルの響きまでリアルに感じられ、まるで演奏が目の前で行われているような臨場感が味わえます。日常でも音楽でも、“心地よく、自然に聴こえる”体験を、すべての人に届けたいと考えています。

アドフォクスの音をデザインで表現
- デザインも特徴的ですね。
成沢:補聴器というと「やぼったい」「かっこ悪い」といった印象を持たれやすく、それが大きな課題だと感じていました。私はよく「メガネには伊達メガネがあるのに、伊達補聴器はない」と冗談めかして話していたのですが、同じ“身につける道具”なのに、どうしてこれほどイメージに差があるのかと。その固定観念を変えない限り、補聴器の可能性も広がらないと考えたんです。
今回の製品づくりでは、デザイナーさんにもそうした思いを共有しました。アドフォクスの音は「聴いていて安心できる」「心が落ち着く」と言っていただくことが多いのですが、その“音の感触”を外観でも表現してほしいとお願いしたんです。デザイナーさんはその感性をしっかり受け止めてくれて、塗装にも非常にこだわってくれました。実はこの塗装、かなり難易度の高い工程なんです。下地にメッキ層を施し、その上からカラークリアを吹き付けるという、電気製品ではあまり使われない手法を採用しています。だからこそ、機能だけでなく“手に取りたくなる魅力”を持った製品になったと思います。
先代の哲学と技術を磨きながら継承する
- 先代の思いはどのように受け継いでいるのでしょうか?
成沢:父は2011年に脳出血で倒れ、数年の闘病を経て亡くなりました。ちょうど私の子どもが生まれる少し前のことで、まるで世代交代するかのようなタイミングでした。父が設計した回路やトランスを今でも使っていますが、ふとしたときに「ここはどういう意図だったんだろう」と分からなくなることがあります。やはり“勘どころ”のようなものがあって、それは今でも完全に言語化できていないのだと感じます。生前の父は「難聴者を馬鹿にするな」とよく言っていました。「難聴者も耳がいいんだ。感度は落ちても、神経の反応速度は変わらない」と。つまり、健聴者が聞いて違和感を覚える音は、難聴者が聞いても違和感を持つ。だからこそ丁寧に作る、という父の設計思想が根幹にありました。
当時の私は、経営の判断をめぐって父とよく衝突していました。「なぜ今この製品を出すのか」「準備が不十分じゃないか」といった議論も日常茶飯事でしたが、音のことだけは最後まで敵わなかった。本当に“音の神様”のような存在でした。悔しいですが、音に関しては逆らえません(笑)。でも、その父が築いた設計の哲学や基盤があるからこそ、今の私たちは自由に挑戦できるのだと思っています。私は経営者であると同時に、“翻訳者”でもあると考えています。父の感性を、現代の技術でどう表現するか。たとえば最新のアンプ技術や小型スピーカーの技術を取り入れつつも、父の設計思想を見失わないこと。磨きながら継承する。それが今の私の役割だと感じています。

青梅の工場を学生に見学してもらう活動に従事
- 御社は地元・青梅での活動にも積極的ですね。
成沢:現在、私は「青梅オープンファクトリー」の副委員長を務めています。これは地元の工場を一般に公開し、見学してもらうイベントです。単なる見学イベントではなく、もう一つの大きな目的があります。それは、地元の企業を学生に知ってもらうことです。学生が企業見学に行くとなると、どうしてもテレビCMなどで名前を知っている大手企業が中心になりがちです。しかし、実は地域にも優れた技術を持つ中小企業がたくさんあります。そうした企業を知ることで、学生たちの就職活動における選択肢も広がるのです。たとえば、中小企業でも新幹線のトランス(※3)を作っていたり、自動車メーカーに部品を供給していたりと、日常生活のどこかで社会に貢献しています。そういった“身近なすごさ”に気づいてもらうきっかけとして、オープンファクトリーはとても意義ある取り組みだと感じています。
※3. 新幹線の架線からくる高電圧を車内で使える電圧に下げる変圧器のこと
カタログの制作を多摩地域のデザイナーに依頼
- 他に地域の企業と連携した取り組みなどはありますか?
成沢:たとえばこの弊社のカタログは、実は奥多摩のパン屋さんがデザインしてくれたんです。ある日、妻に誘われてそのお店を訪れたとき、看板や内装が驚くほどお洒落で統一感があって、思わず「このデザイン、どなたが手がけたんですか?」と聞いてしまったんです。すると、「僕です」とご本人が答えてくれて(笑)。その方はもともと雑誌や紙媒体のデザインに携わっていた方で、色への感覚が非常に繊細でした。おかげで、情報量が多いにもかかわらず、重たく見えない、すっきりとしたパンフレットが仕上がりました。
多摩という土地は、自然に恵まれ、静かで落ち着いた環境です。だからこそ、ものづくりに向いていると思うんです。これからも、この地域ならではのものづくりを、地元の方々と一緒に続けていけたらと思っています。

会社情報
| 会社名 | アドフォクス株式会社 |
|---|---|
| 設立 | 1991年12月12日 |
| 本社所在地 | 東京都青梅市河辺町10-6-1 トミタワー7F |
| ウェブサイト | https://adphox.co.jp/ |
| 事業内容 | 補聴器、電気計測機器、情報機器、通信機器、音響機器等の研究開発、製造販売/ソフトウェアの設計開発 |