最先端のマイクロRNA診断技術を用いて、犬のがんを発見
株式会社メディカル・アーク
代表取締役 伊藤 博
本事業では、地域内外の中小企業・スタートアップや大企業、大学等が連携して、地域の課題解決を図るためのプロジェクトや、多様な主体が交流できる会員組織(コミュニティ)の立ち上げなど、イノベーション創出に向けた取組を進めています。このインタビュー連載では、多摩地域のイノベーションをリードする注目企業をご紹介することで、皆様に多摩地域の魅力を発信していきます。
血液一滴から、犬のがんの兆候を捉える。そんな新しい選択肢を、伴侶動物医療の現場に届けようとしているのが、株式会社メディカル・アークのマイクロRNAを用いたがん検査事業です。長年、獣医療の第一線で臨床と研究に携わってきた伊藤氏は、ヒト医療の知見を土台に、血液による犬のがん検査の実装に挑み続けてきました。その背景と現在地について、お話を伺いました。
人間のがん研究を動物に応用し起業
- まずは創業の経緯についてご紹介ください。
伊藤:私は2005年に東京農工大学の動物医療センターで長年、臨床に携わってきました。転機になったのは2014年~2018年に立ち上がった、人の医療の研究プロジェクトです。テーマは「血液でがんを簡単に判定できないか」。元・国立がん研究センターの落谷孝広先生が統括し、わずかな血液情報を統計的に解析し、AIで判別モデルを組む。マイクロRNAを指標に、どこまで精度を上げられるかという土台づくりが進みました。
その研究成果を動物医療にも生かせないか、という話になり、落谷先生と私で犬のがん検査に着手したのが今回のスタートです。犬や猫は死因にがんが多く、特に犬は半数以上ががんで亡くなるとも言われます。原因が十分に解明されていないからこそ、早期に気づける仕組みをつくりたい。落谷先生も「これだけ多いなら、何か支えになれるはずだ」と。お互いの思いが重なりました。
研究開発を続けて気づけば約10年。ようやく形が見え始めた段階で、研究を前に進めるためのラボを整備し、農工大・多摩小金井ベンチャーポートへの入居を目指しました。ただ、そのためには法人化が必要だった。そこで会社を設立し、起業に踏み切りました。

マイクロRNAを使ったがん判定
- 血液からどのようにがんを診断するのでしょうか?
伊藤:私たちが注目しているのは、がん細胞が自ら分泌するエクソソーム内のマイクロRNAです。がん細胞は生き残るために特有のマイクロRNAを体内に放出するので、それを血液中から検出して、がんの有無を判定する仕組みです。がんの種類ごとに出るマイクロRNAは異なり、肺がんなら肺がん、膀胱がんなら膀胱がん特有のパターンがある。現在は、判明している12種類のがんを対象に測定しています。データが揃ってくると、正常か異常かだけでなく、初期・中期・末期といった進行度合いも、ある程度推定できるようになります。
- 検査は、どのような流れで行われるのでしょうか?
伊藤:流れはシンプルです。動物病院にWebシステム「Ark-Test」に登録していただき、血清を入れた容器にバーコードを貼って私たちのもとへ送ってもらう。測定後、だいたい3日ほどでWeb上に結果を返却します。がんの兆候や12種類すべてを調べられるので、検査項目の結果が一覧で確認できます。さらに、現場の獣医師さんが飼い主さんへ説明しやすいよう、私自身のコメントも添えています。とはいえ、これはあくまで補助判定です。最終的な診断を下すのは担当獣医師で、私たちは判断材料としてのデータを提供する立ち位置になります。
- 起業してから、実際の手応えはいかがでしたか?
伊藤:最初はものすごく期待していました。血液検査だけでがんの有無をある程度判定できる。さらに、抗がん剤が効いているか、手術後の効果が出ているかまで追える可能性がある。これは必ず必要とされるはずだ、と。ところが現実は少し違いました。日本では、ペットのがん検診がまだ一般的ではない。これが最初に直面した壁です。加えて、がんが疑われると大学病院へ紹介する流れが多く、一般の動物病院で、検査を起点に継続フォローする意識が、想像以上に広がっていなかった。技術と現場の受け皿の間にギャップがありました。

大きなブレイクスルー。マイクロRNAの“北斗七星”を発見
- 技術面では、どのような課題が大きかったのでしょうか?
伊藤:一番大変だったのは、12種類のがんをそれぞれ個別に測定しなければならなかったことです。1回の検査で12回分の測定が必要になる。手間もコストも大きいので、ここはどうにかしたい、とずっと思っていました。そんな中で2025年9月、私たちが「北斗七星」と呼ぶ発見がありました。12種類すべてのがんが共通して分泌するマイクロRNAを見つけたのです。これを測れば、まず「何らかのがんの可能性」を一度でスクリーニングできる。現在は感度91%、特異度92%まで精度が上がっています。陽性が出た場合は、12種類をすべて詳しく見ることもできますし、発症率の高いトップ5に絞って深掘りすることもできる。状況に応じて検査を段階化できるので、飼い主さん側の費用負担を抑えられる点も大きいと思います。
株式会社日油、落谷先生と共同研究を開始
- 治療への応用も視野に入っているそうですね。
伊藤:マイクロRNAは、抑制できれば将来的に治療標的になり得る、という示唆が論文で積み重なっています。がんに関与するマイクロRNAを抑え込めれば、進行をある程度止められるかもしれない。だったら、やってみようじゃないか、と。そこから話が一気に動きました。
現在は、株式会社日油、そして東京医科大学の落谷先生と共同研究を進めています。狙いは、マイクロRNAを抑制して抗がん剤耐性の獲得や転移を抑えられないか、という挑戦です。日油には医療・検査診断薬分野での素材開発や研究開発支援を担っていただき、私たちは研究統括、実証試験による効果検証、事業化支援を担当しています。成果は伴侶動物医療の高度化に寄与し、将来的にはヒト医療への段階的展開も視野に入れています。
※プレスリリース:https://medical-ark.com/news/omc1_lQJ
- それができるようになれば、かなり画期的ですね。
伊藤:すでに、骨肉腫ではマイクロRNA-133aに注目し、抑制する研究を進めてきました。その成果は論文として発表していて、実際に抑制することで犬の骨肉腫の転移が明確に抑えられることを確認しています。これは世界初の成果です。さらに重要なのは、この133aが犬と人で塩基配列がまったく同じだという点です。つまり理論上はヒトへの応用も視野に入る。伴侶動物医療にとってはもちろん、その先に広がる医療の可能性にとっても、大きな一歩だと考えています。

アメリカでの体験で、伴侶動物医療の可能性に気づく
- 犬のがん検査に対する思いは、どこから来ているのでしょうか?
伊藤:原点はアメリカでの体験です。今から30年前に、インディアナ州のパデュー大学を訪れたとき、動物が人の人生を変える瞬間を目の当たりにして、価値観が大きく揺さぶられました。
衝撃だったのがホースセラピーの現場です。小児麻痺で右手が動かなかった子が、馬に乗って走りながらボールをバケットに入れる動作を繰り返すうちに、少しずつ手が伸びて動くようになっていく。それまでスポーツジムでは変わらなかったのに、そこでは確かに変わっていた。さらに、交通事故で半身不随になり外に出られなかった女性が、介助犬をきっかけに周囲と会話できるようになり、外に出られるようになったという話も聞きました。動物が人の心をほどき、社会との接点を取り戻す。その力に圧倒されたのです。
加えて、アメリカでは犬の放射線治療を人の病院で行うことがごく当たり前に受け入れられている。犬が人の医療施設に入り、同じように高度な医療を受けている。その光景を見て、日本とは医療の土台が違う、と感じました。「日本でも基盤をつくらなければ」。そう思って帰国しました。
そして今、その土台づくりの一つとして取り組んでいるのが、犬のがんを血液で早期に捉える検査事業です。あのとき感じた「動物の命を人と同じ目線で守る」という考え方が、いまの事業の根底にあります。
東京農工大と進める、農業分野での新たな挑戦
- 動物医療とは異なる業種でも、東京農工大と連携した取り組みを行っていると伺いました。
伊藤:今、進めているのが、MCMという海水由来成分をベースにした無機塩類溶液の活用です。簡単に言うと、植物に必要なミネラル成分を含んだ水で、農業の現場で使える技術として育てています。使い方は葉への散布で、トウモロコシでは散布の有無で茎の太さなど成長の違いが確認できました。年に数回の散布でよく、設備を大きく変えずに導入できる点も現場向きだと思っています。

温暖化が進む中で、耐暑性や安定生産につながる選択肢になり得る。MCMは葉脈散布だけで良いため、作業としては難しくありません。現場の負担が増えにくいからこそ、実証して価値を数字で示したいですね。災害時にMCMを使った田んぼが比較的倒れにくかった、根の張り方に違いが見られた、という報告もあり、可能性を感じています。
多摩地域を舞台にした「実証と社会実装」の構想
- この技術を、今後どのように広げていこうと考えているのでしょうか?
伊藤:農工大がデータを取りながら多摩地域で実証し、大学知財を現場に落とし込む流れをつくりたいです。実証フィールドを整え、企業や地域の担い手にも参加してもらって運用し、成果をデータとして整理して多摩から外へ発信する。研究室の中だけに留めず、地域の産業や暮らしで使える形にするための拠点、いわばパークタウンのような場を構想しています。その中に、動物を守る医療センター、将来的には人も支える医療拠点、さらに農業技術の実証も重ねていく。分野は違っても地域の基盤を強くするという意味では一本につながる。多摩から形にして発信していきたいですね。

会社情報
| 会社名 | 株式会社メディカル・アーク |
|---|---|
| 設立 | 2021年2月16日 |
| 本社所在地 | 東京都小金井市中町2丁目24-16-103 農工大・多摩小金井ベンチャーポート |
| ウェブサイト | https://medical-ark.com/ |
| 事業内容 | 人及び動物用の医薬品、医薬部外品の開発、製造及び販売/人及び動物用の体外診断用医薬品の開発、製造及び販売/人及び動物用の医療器具の開発、製造及び販売/人及び動物の疾病の診断等のサービス及びコンサルティング/不動産の売買、賃貸、所有、管理及び利用/前各号に付帯関連する一切の事業 |