地域の出版社が取り組む、拠点事業という新しい挑戦 | 多摩イノベーションエコシステム促進事業
地域の出版社が取り組む、拠点事業という新しい挑戦

地域の出版社が取り組む、拠点事業という新しい挑戦

株式会社けやき出版 代表取締役 小崎奈央子

 本事業では、地域内外の中小企業・スタートアップや大企業、大学等が連携して、地域の課題解決を図るためのプロジェクトや、多様な主体が交流できる会員組織(コミュニティ)の立ち上げなど、イノベーション創出に向けた取組を進めています。このインタビュー連載では、多摩地域のイノベーションをリードする注目企業をご紹介することで、皆様に多摩地域の魅力を発信していきます。

                                                     

 JR立川駅直結の建物に、独創的な試みをする出版社があります。けやき出版というその会社は、本や情報誌を出版する傍ら、多摩の人と人を繋げる手伝いや、特定のテーマを旗印に興味を持つ人々が集まる場所づくり等、出版社の型にはまらない事業を展開しています。そんな個性派出版社を率いるのが、代表取締役の小崎奈央子氏。「多摩のまちとひとをつないでいく」という経営理念のもと、日々奔走する小崎代表に話を聞きました。

けやき出版の代表取締役・小崎奈央子氏

事業提案が社長の目に留まり、後継ぎに大抜擢

けやき出版に入社された経緯を教えてください。

小崎:新卒で入社した出版社では夜中の2~3時に帰ることが当たり前で、自宅のある多摩地域から会社までの通勤が大変だったため、転職し、編集職ではない仕事に就いていました。28歳の時、子どもが小学校に入るタイミングで、近くで編集の仕事ができる企業を探したところ、けやき出版に出会いました。入社後は、地域密着のガイドブックなどの編集に携わりました。

4代目社長に就任されるのは、どのようないきさつがあったのでしょうか。

小崎:時代の流れから本の売上が落ち込んでいく中で、当時の社長が現状を打破するために社員全員からアイデアを募ったのですが、私はウェブやSNSの活用など新たな試みをたくさん提案したんです。そのころ、社長は高齢のため現役を退くことを考えていたらしく、私が「会社としてどう存続するか」という視点で提案をしたことが目に留まり、社長をやらないかと打診されました。当時は社員のなかでも若手でしたし、編集しかやってこなかったので自信はなかったです。ただ、シングルマザーとして働きながら子育てをした経験があったので、「子ども一人を育てるのと社員10人を養っていくのはそんなに変わらないのではないか」、「やる前からできないと決めつけるのは良くないのではないか」と思い、事業継承を引き受けました。

社長就任時のエピソードを語る小崎代表

出版社の枠に留まらない拠点事業

ご自身が社長になってから新しく取り組んだことは何でしょうか。

小崎:既存の出版事業をベースにしながら、広告事業と拠点事業を始めました。特に拠点事業は出版社の枠に留まらない事業だと周囲からよく言われます。

 一つ例を挙げますと、2021年、グランデュオ立川(立川市)という商業施設に、1年間限定で直営書店兼情報発信スペースを出店しました。編集部のスタッフが常駐し、地域で活躍する様々な方とコラボしたイベントの開催や、地域名産品、弊社出版物の販売を行いました。

 そうした活動の積み重ねにより存在が認められるようになり、現在、立川市の委託事業である地域の情報発信を行うまちのプラットフォーム「BALL.HUB(ボールハブ)たちかわ」の運営に繋がっています。

地域に関わりたい人たちを引き上げる

「BALL.HUBたちかわ」はどのような場所なのですか。

小崎:2022年に立川駅南口にオープンした、地域情報を発信したい人、地域活動を行いたい人をサポートする施設です。地域活動に必要な情報、相談サービスの提供ほか、利用者同士の交流を促進しています。地域とつながりたい、自分の事業を地域に知ってもらいたいと活動する方に、弊社のネットワークを生かして人のご紹介や、 PRのお手伝いをさせていただいています。

 コロナ禍で、「地域に関わりたい」「地域のために自分のスキルを活かしたい」という人たちが行動に移せるようにいかに助けるか。それができれば多摩はもっと良くなると思っています。今後は、“多摩のまちとひとをつないでいく”という当社の経営理念を具現化していくためにも、多摩エリアで色々な拠点を増やしていきたいです。

BALL.HUBたちかわにおける交流の様子

拠点事業を地域交流の器として、人々をつなげてゆく

いち出版社の枠を超えて、拠点事業に注力するのはなぜでしょうか。

小崎:出版事業と広告事業はITでいうソフトウェア、拠点事業はハードウェアにあたると考えています。これまで、前者の制作に携わってきた経験から、本やWEB、広告の仕事は完成したら関係性がそこで終わってしまうという課題を感じていました。一方で、拠点事業はそこにいけば誰かに会えて、恒常的な関係性を構築できる。そうした継続的な関わりがないと、ソフトが活きないと思ったのです。

 例えば、BALL.HUBたちかわで、「発酵のしごと」を特集した情報誌『BALL.』の発売イベントを行いました。発酵に関する日本酒やワインの試飲のほか、『BALL.』に掲載した商品を販売し、イベントを通じて、地元企業の取組や地元の名産品の存在を地域の方々に認知してもらえました。このようなイベントを拠点事業として継続することで、地域の企業や人々の関係性を構築していきたいです。

魅力的な人々との関わりが、多摩愛の源

多摩への思いはいつから芽生えたのでしょうか。

小崎:『たまら・び』という地域情報誌の編集長を務めたのがきっかけです。1号作るのに30人から50人の地域の人たちが関わっていて、取材をする人も受ける人も、地域の方。地域愛をもって活動している彼らとともに雑誌を作る過程で、私の地域愛も醸成されたと思います。

 多摩は魅力的な人が多く、ポテンシャルを秘めています。例えば、西東京市の「なおきち」というカフェを経営している佐藤うららさん。彼女のいるところには人が集まり、新しい事業が生まれていきます。各地に点在するこうした魅力的な方々を線でつないで連携を深めれば、多摩はもっと大きな力を持てると思います。

地域の出版社の描く未来

地域に根差す出版社として、これからどのような未来を描いていますか。

小崎:やりたいことが二つあります。一つは、創業支援の形を変えること。今は個人でできる範囲の支援が主流で、支援を受ける側も自分の幅を自分で狭めている人が多いので、彼らの心のストッパーを外したい。例えば自分で会社を作り、従業員も雇って会社を大きくしていくような気概のある人をもっと増やすことで、多摩のなかで経済が回り、新たな価値が生まれるようにすることが一つ目の目標です。

 もう一つは移住と定住の促進です。多摩は空き家や空き店舗はありますが、見知らぬ人に譲りたくないという方が多く、若い方が移住したくてもできないという現実があります。まずはそこを変えつつ、移住が一か八かの賭けにならないように、 宿泊以上移住未満の“試し住み”などの取組を広めたい。さらに、試し住みの期間に多摩で新しく事業を起こす等、雇用につながるお手伝いをしたい。移住者の“職住近接”を叶えるような事業を実現するのが今後の目標です。

会社情報

会社名 株式会社けやき出版
設立 1981年7月
本社所在地 〒190-0023 東京都立川市柴崎町3-9-2 コトリンク3F
ウェブサイト https://keyaki-s.co.jp/
事業内容 1.一般書・地域の本の出版  2.自費出版・社史・カタログの制作 3.WEBサイト用取材・原稿作成  4.自治体・企業を中心としたPR発行物の制作  5.クリエイターの創業支援

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