本事業では、地域内外の中小企業・スタートアップや大企業、大学等が連携して、地域の課題解決を図るためのプロジェクトや、多様な主体が交流できる会員組織(コミュニティ)の立ち上げなど、イノベーション創出に向けた取組を進めています。このインタビュー連載では、多摩地域のイノベーションをリードする注目企業をご紹介することで、皆様に多摩地域の魅力を発信していきます。
東大和市にある株式会社ことの葉舎は、北多摩地域の季刊情報誌『たまきた PAPER』を発行する出版・編集プロダクションです。代表取締役の原田あやめ氏は、編集、執筆、デザイン、撮影、営業と、なんでも自分でやってしまうクリエイティブな経営者です。編集方針は「大事なことを面白く」。地域の魅力を発信し続ける原田氏に、モノ作りに懸ける思いを伺いました。
編集者の赤字に感動し、ライターの道に進む
- 未経験から出版業界に入られたとのことですが、きっかけは?
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原田:求人広告の企画営業やIT関連の会社に勤めていたのですが、出産を機に専業主婦になりました。そのときに“書く”ことと出会ったんです。近所の公民館で、東大和市の子ども家庭支援センターが主催する「作ってみよう みんなの情報誌」という保育付き講座があり、なんとなく受けてみたところ、私が書いた記事に編集者の方がたくさん赤字(修正)を入れてくれたんです。普通なら直されたことで自信がなくなったりするのかもしれませんが、私は教えてもらえることが本当にうれしくて、そのときに、「書く仕事をしよう」と決意しました。その後、WEBライター講座で出会った編集プロダクションの社長からお仕事をもらうようになり、ライター業をスタートしました。
『たまきた PAPER』ができるまで
- 北多摩の地域情報誌『たまきた PAPER』を発行するようになった経緯を教えてください。
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原田:ライターの経験を積んでいくと、どんどん仕事を任されるようになりました。一方で、請負仕事ばかりだと金銭的には厳しいままです。もともと広告の営業をやっていたのと、「もっとこうしたほうが面白くなるのに」という思いもあったので、「自分で広告媒体を作って好きな記事を書いたら良いのでは」と考えるようになりました。でも、いきなり紙の媒体をつくるにはコストがかかるし、自信もそこまでありません。そこで、まずはWEBから始めてみました。そうすると、新聞社から「このネタ使っていいですか?」といった連絡が来たり、テレビに取り上げられることがあり、私が書いた記事にも需要はあるのだなと気がつきました。
その後、デザイン会社から紙媒体の仕事も任されるようになり、「もしかしたら紙でもできるかも」と一念発起して、フリーペーパーを作ろうと決めました。そのときお世話になったのが、『BusiNest』という中小企業大学校が行っている創業支援サービスです。そこで経営的な支援を受けながら、テスト版を3,000部ほど刷って東大和市の「東やまと産業まつり」で配ったところ、反応がすごく良かった。BusiNestの会員の方から広告の引き合いもあり、これはいけるなと思ったんです。そのとき発行したテスト版が『たまきた PAPER』の創刊号となりました。2015年のことです。
手元に残る紙の媒体だからこそ、いい話を伝えたい
- 『たまきた PAPER』のコンセプトは?
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原田:『たまきた PAPER』は「北多摩のいいもの、大事なこと」をテーマにした北多摩地域のフリーペーパーです。最近は嫌な話題やありもしない悪い噂がメディアを騒がせていますが、私は「ありもしない、いい噂を流してやろう」と。せっかく紙に残して手元に置いてもらうなら、いい話を残したいじゃないですか。
例えば2023年12月に発行した号で、「シラサギを見たらいいことがある」という話を掲載したんですね。東大和市を流れる空堀川や奈良橋川にはシラサギがいるので、そこから発想を得て私が考えたのですが、あくまでも「おはなし(物語)」として書いたのでみんな本気にしないと思ったんです。でも、アンケートで「知りませんでした」という感想がきたり、Instagramでシラサギを見たからいいことがあると投稿している方がいたりして、「どうしよう、もう作り話だって言えない」と思いました(笑)。
でも、嫌な話題より「これを見たらいいことがあるんだよ」という話のほうが、気持ちがいいじゃないですか。もちろん載っているのは作り話だけではないですよ。地域の情報なども取り上げていますし、社会問題や環境問題なども扱いながら、“大事なことを面白く”伝えようと心がけています。
設置の秘訣は信用作り。現在は300カ所まで増加
- 『たまきた PAPER』はどこで読むことができますか?
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原田:『たまきた PAPER』はポスティングではなく、街のお店や企業、図書館など多摩地域の約300カ所に置いてもらっています。何も関係性がないところだとなかなか設置してもらうことは難しいのですが、私はBusiNestのほかに東大和市が運営している創業塾の一期生でもあるため、そこを活用しました。最初は創業塾出身ということで東大和市の産業振興課に置いてもらい、その信用を生かして図書館、街のお店、という具合に設置個所を広げていきました。
記事がきっかけで『たまきた PAPER』を設置してもらうケースもあります。ある号で、スーパーマーケットチェーンがやっている企画を取り上げたところ、本社の広報室の方が記事の内容を気に入ってくれたんです。「たまきたを店舗に置かせてあげなさい」と全店舗に連絡してくださり、それ以来、置かせていただくようになりました。
東大和市と協働で子育て支援の情報誌を発行
- 『たまきた PAPER』の発行だけでなく、『Minna』という子育て支援のフリーペーパーも制作されていますね。それも、東大和市と連携して制作しているとか。どのような経緯で制作に至ったのでしょうか。
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原田:東大和市の女性議員の方が弊社を訪ねてきて、市民発の子育て情報誌を作れないかと相談がありました。その後、東大和市から連絡があり、弊社で制作することになりました。私が東大和市の子ども家庭支援センターのサービスを活用しながら起業したというご縁も、弊社にお声がかかったことと関係していると思います。東大和市には広告営業を側面支援していただきながら、弊社が広告を販売してその利益で媒体を作りました。地域のお母さんたちにも東大和市民編集委員として編集に参加していただき、ことの葉舎、東大和市子ども家庭支援センターが三位一体となって編集制作をしました。
- 他にも自治体との協業事例はありますか。
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原田:東大和市と清瀬市の共同事業であるInstagramマガジン『キタマガ』の運営を行っておりました。東大和市と清瀬市の頑張っている事業者さんや個人の方を取材し、「北多摩のいい人、いい場所、いい暮らし」を発信するという内容です。東大和市在住の私が中心になって、清瀬市在住のカメラマンさんの協力を得て制作しました。。紙ではなくSNSでの事業だったため始めは少し不安でしたが、やってみると「紙じゃない仕事もけっこういけるんだな」と感じました。両市の企画制作課の方と一緒に取材先を回り、地元の方たちと意見交換をしながら取材を進めたのですが、実は、この取材を通して「本当はこうしてもらいたい」「こんなものができたらいい」という市民の声を自治体の職員の方が実際に聞くというのも狙いの一つだったようです。Minnaも含め、このように自治体とお仕事をさせていただけているのも、多摩地域に密着した『たまきた PAPER』という自社媒体を継続して発行しているからだと思っています。
サポートしてくれた北多摩地域に恩返しをしたい
- 原田様が感じる多摩地域の良さは何でしょうか?
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原田:東大和市は自治体の子育て支援がとても充実しているんです。私自身、子育て中は子ども家庭支援センターのサービスに助けられました。ライターの仕事をするようになったのも、公民館でやっていた市の保育付き講座がきっかけです。今の自分があるのはこの街のおかげだと、本当に感謝しています。子育ても仕事も楽しみながら暮らしているので、仕事でこの街に恩返しをしたいと思っています。東大和市で会社を起ち上げたのも、少しでも市に納税で貢献したいという思いからです。
クリエイティブを大事にしながら、紙文化の良さを伝えていく
- 今後の目標を教えてください。
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原田:やみくもに事業を拡大するのではなく、これからもクリエイティブを大事にしながら丁寧にモノ作りをやっていきたいです。自分の作品を皆さんが好きでいてくださって、「北多摩地域にはこんなに素敵な媒体を作っている人がいるんだ」と思ってもらえるように頑張りたいと思います。ことの葉舎が、北多摩地域の魅力の一つになれればうれしいですね。そして、これからも“紙”を大事にして、紙にしかできないことをやっていきたいです。『たまきた』では『武蔵野うどん探訪記』という地域に伝わるうどん文化を紹介する連載をやっているのですが、そうした代々受け継がれてきたものを紙にデザインして残していくような取組――例えばワークショップやイベントを開いてもいいかもしれません。情報誌を制作してきたノウハウを生かして、これからも紙文化のすばらしさを伝えていきたいです。
会社情報
会社名 | 株式会社ことの葉舎 |
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設立 | 2017年11月 |
本社所在地 | 東京都東大和市立野3-572-2-202 |
ウェブサイト | https://kotonoha-sha.jp/ |
事業内容 | 情報誌出版・印刷・WEB等の編集プロダクション・文字起こし等言語データ作成 |