本事業では、地域内外の中小企業・スタートアップや大企業、大学等が連携して、地域の課題解決を図るためのプロジェクトや、多様な主体が交流できる会員組織(コミュニティ)の立ち上げなど、イノベーション創出に向けた取組を進めています。このインタビュー連載では、多摩地域のイノベーションをリードする注目企業をご紹介することで、皆様に多摩地域の魅力を発信していきます。
ヘルスセンシング株式会社は、横たわるだけで生体情報を取得し睡眠を解析する、無拘束型のシートセンサーとソフトウェアを開発しています。「技術力は私どもが国内では断然トップだと思います」と力強く語るのは代表取締役を務める鐘ヶ江正巳氏。特殊なセンサーとAIを駆使した最先端の睡眠解析技術に対して絶対的な自信を持つ鐘ヶ江氏に、事業について詳しく話を聞きました。
日立で半導体を研究し43歳のときに退職
- ご自身で事業を始める前は、どのようなお仕事をされていたのでしょうか。
鐘ヶ江:九州大学を卒業後、日立製作所に入社して20年ほど半導体の研究に携わってきました。43歳で退職後、1996年にヘルスセンシング株式会社を設立しましたが、しばらくは半導体関連の技術コンサルタントをしていました。当時は日本の半導体が全盛期だったため、コンサルビジネスも順調そのものでした。その後、2000年に中国でソフトウェア開発やデータ入力の受託をする会社を起ち上げました。一時は従業員が400人くらいになるまで成長しました。しかし、次第に人件費が高騰し始めたので、2013年にM&Aで売却しました。同年にヘルスセンシング株式会社を創業して、今に至ります。
モノとソフトウェアの融合に勝機を見いだす
- なぜ現在の事業を始めたのですか?
鐘ヶ江:2013年にもなると日本の半導体業界はすでにガタガタで、インターネットの領域を見ても、ソフトウェアはほとんど海外製。その状況が面白くなくて、小さな反乱を始めたわけです。ソフトウェア単体ではアメリカや中国などの海外に勝てなくても、モノ作りとソフトウェアの融合なら、ひょっとしたら戦えるかもしれない。つまりIoT(Internet of Things)です。ところがまだIoTの事業をするには経験が足りなかったので、まずはセンサー作りから始めました。IoTではモノとネットワークをつなげるためにセンサーが必要です。例えば衝突防止機能がついた自動車は、莫大な数のセンサーを搭載しています。
そしてIoTとAIは切っても切れない関係にあります。センサーから読み取ったビッグデータを処理するにはAIの機能が欠かせないからです。そして、モノとAIが融合すると擬人化されるのです。将来的にはアニメ『きかんしゃトーマス』のように、モノが人間と対話する時代が来てもおかしくない。この分野はかなり伸びると考えています。なかでも私が目をつけたのは、ベッドや椅子にセンサーをつけて、睡眠や健康状態をAIで解析するヘルスケア事業です。将来性のある市場だと見込んで始めました。今となってはどんどん競争相手が増えてきて大変ですが……。
スマートウォッチにはない非接触タイプの強み
- 御社が開発している「無拘束型シートセンサー」とはどのようなものですか?
鐘ヶ江:まず、センサー付きシートをベッドのマットレスの下に敷いて寝てもらい、心臓の動きを測定します。心臓の動きが分かると、自律神経活動や呼吸が分かる。こうした生体の基本情報を用いて、AIで睡眠を解析するという製品です。
睡眠解析と聞いて皆さんの身近なものだとスマートウォッチが思い浮かぶと思いますが、弊社製品との違いは何か。スマートウォッチはウェアラブルセンサーといって、人につけて使います。一方で我々の製品はモノにセンサーをつける非接触タイプ。つまりノンウェアラブルセンサーですね。ウェアラブルセンサーはどうしても束縛感がありますが、非接触タイプは乳幼児や病気の方、お年寄りなど誰でもストレスなく使えます。乳幼児の腕にスマートウォッチを巻くわけにはいかないですよね。今のところ介護施設や病院で使われるケースが多いですが、今後はホテル業界や住宅メーカーなど、ヘルスケアを本業への付加価値として売り出していく業界でも使われるようになると考えています。
- 『睡神デルタ』という商品名が個性的で目を引きます。
鐘ヶ江:睡神デルタとは私が考えた眠りの神様です。日本には昔から、世の中に存在するすべてのものに神様が宿っているという考え方がありますよね。いわゆる八百万の神々。我々が開発したソフトウェアが眠りの神である睡神デルタ、センサー付きのシートは睡神デルタの分身という発想です。
特許に裏付けられた技術力。三菱ケミカルとも協業
- 『睡神デルタ』の特長は?
鐘ヶ江:潜水艦に使うぐらい高感度のセンサーを搭載しています。ただし、感度が良すぎるため、余計なノイズをたくさん拾ってしまうという欠点もある。しかも、マットレスに敷く非接触タイプなので、より周辺ノイズが発生しやすい。このノイズを除くのがかなり難しいんです。ここに弊社の高い技術力が生かされています。技術力の根拠は、40件近い特許にあります。国内で30件、海外でも10件ほど特許を取得しました。すべてオリジナルの技術であるため、試作品ができるまで3年ほど時間を費やしました。その後も改良を重ねながらブラッシュアップを続けています。
- その技術力を生かして、2022年には三菱ケミカルグループと睡眠センサーの共同開発をされていますね。
鐘ヶ江:もともとは三菱ケミカルさんが、自社で作った材料を用いて睡眠センサーを生産したのが始まりでした。ただ、日本の産業はほとんどがバーティカル・インテグレーション(※1)で、異分野にまたがるような事業には弱いんですよね。そこで、我々の強みの一つであるAI解析などのソフトウェア技術を提供して、共同で開発しました。三菱ケミカルさんのように、我々の技術を必要とする企業があるのなら、これからも惜しみなく協力します。
※1. バーティカル・インテグレーション(直接生産販売、垂直統合)とは、一つの組織が生産から販売までを一貫して行い、他の製造・流通機構が入らない態勢。(imidas参照)
東京都の事業に「睡神デルタ」が採用
- 東京都の「認知症高齢者東京アプローチ社会実装事業」に採択されるなど、自治体と連携もされています。
鐘ヶ江:連携しているのは認知症患者のBPSD(※2)発症をAIで予測し、介護の現場に役立てるという事業です。BPSDとは認知症患者に見られる行動や心理的な変化です。不安になったり、大声を出したり、ワーッと暴れてしまったりと、患者の日常生活のケアを提供する家族や介護者にとっては大きな負担となります。こうした認知症患者の生体情報を取得・解析するために、弊社の「睡神デルタ」が使われています。スマートウォッチも使われていますが、接触タイプでは患者が体につけるのを嫌がるので外してしまうんですね。体への接触がない、非接触タイプのほうがデータを取りやすいんです。この事業は東京都が主催となり、順天堂大学と電気通信大学を中心に、コニカミノルタ株式会社、TOPPAN株式会社といった大企業にも協力していただいています。
※2. 国際老年精神医学会は「認知症患者にしばしば生じる、知覚認識または思考内容または気分または行動の障害による症状」と定義している。
発達障害を早期発見する乳幼児向けの商品を作りたい
- 今後、力を入れていきたい分野はありますか?
鐘ヶ江:基礎技術はだいたいそろったので、新たな商品化を推進していきたいです。なかでも乳幼児向けのフィールドに注力したい。実は子どもの発達障害と睡眠障害は密接に関係しています。発達障害があると、ちょっとした音や光で目が覚めたりして睡眠障害を患うことが多いんです。一般的に発達障害は3歳くらいにならないと分からないのですが、3歳を過ぎると改善しにくくなってしまう。そこで、眠りをチェックして発達障害を早期に発見できるような商品を開発できれば、社会の役に立つことができます。
自分の生き方は自分で決める。これからも好きなことを続けていく
- 現在73歳と一般的には引退される方が多い年齢でいらっしゃいますが、そのモチベーションはどこから来ているのでしょうか。
鐘ヶ江:自分の人生観として、若いときから自分が選択した人生を送りたいと思っていたんです。日立を辞めたときも、周囲からは批判されましたね(笑)。でも、会社というのは大きな組織になればなるほど、自分の好きなことができないわけです。自分勝手なことをやろうとすると、余計なことをするなと怒られてしまいます。だから、自ら会社を飛び出した。自分の生き方は自分で決めたいと。人は強く思い続ければ、思い描いたような人間になっていくものです。私は40過ぎて独立してから今日にいたるまで、人様から給料をもらったことがありません。食い扶持は自分で稼いできました。この仕事は好きだからやっているだけです。これからも自分がやりたいことをやり続けていきたいですね。わがままな性格なので(笑)。
会社情報
会社名 | ヘルスセンシング株式会社 |
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設立 | 1996年6月25日 |
本社所在地 | 東京都八王子市七国6-7-13 |
ウェブサイト | https://www.health-sensing.co.jp/ |
事業内容 | 医療・介護用無拘束生体センサー、ウェアラブルセンサー、IOT サービス、AI アルゴリズム・ソフト開発 |