歯科医師からワイナリー経営へ。あきる野市でゼロからワイナリーを起ち上げた異色のコンビ

株式会社ヴィンヤード多摩

代表取締役 森谷 尊文、専務取締役 中野 多美子

インタビューに答えていただいた代表取締役の森谷尊文氏(右)と専務取締役の中野多美子氏(左)

 本事業では、地域内外の中小企業・スタートアップや大企業、大学等が連携して、地域の課題解決を図るためのプロジェクトや、多様な主体が交流できる会員組織(コミュニティ)の立ち上げなど、イノベーション創出に向けた取組を進めています。このインタビュー連載では、多摩地域のイノベーションをリードする注目企業をご紹介することで、皆様に多摩地域の魅力を発信していきます。

 JR五日市線武蔵増戸駅(あきる野市)のすぐ近くに、現役歯科医師と元歯科医師の二人が経営する、異色のワイナリーがあります。隣接した農場で、多摩地域の障がい者施設の方たちとともにぶどうを栽培している、地域に密着したワイナリーです。構想から10年以上をかけ、ゼロからワイナリーを作り上げた代表取締役の森谷尊文氏と専務取締役の中野多美子氏に、ワインづくりにかける思いを語っていただきました。

ワイン好きの歯科医師がワイナリーを起ち上げる

ヴィンヤード多摩を起ち上げた経緯は?

森谷:もともとお酒が好きで、特にワインには目がなかったんです。それで、イギリスに本部を置く世界最大のワイン教育機関「WSET」が日本でも開校したのをきっかけに通い始めました。それまではただの“呑兵衛”で、ソムリエじゃなくて“ノムリエ”でしたね(笑)。本業は歯科医で、医師会、薬剤師会、歯科医師会の「三医師会」という会によく参加していたのですが、そのなかのワイン好きが集まって作ったワイン会で、「ワインを作りたいね」という話が誰からともなく出たんです。でも、その時点ではワインを作る場所もなければ、ぶどうを育てる土地もない。ただの雑談で終わりました。

その後、2008年頃にこのあたり一帯で梅の病気が流行し、梅の木を根っこから全部抜かなければならない事態になったんです。ちょうどワイン会のメンバーに親戚が青梅の梅農家さんの方がいて、そのつながりで「ぶどうを植えてみませんか?」と相談を受けたのがきっかけです。

最初は深く考えず、「やってみようかな」と軽い気持ちで始めました。でも、いざ蓋を開けてみたら、「えっ、こんな大変なの!?」って。例えば、農地を広げるにしても、一般人は農業委員会の許可を取らないと農地を借りられない。販売するにしても免許がない。でも、もう動き出してしまったからには、やるしかないなと覚悟を決めました。特に新しい農地を確保するのには苦労しましたが、あきる野市の協力もあって、いまの場所にぶどう畑を作ることができました。いまでは、ワイナリーとショップも併設して運営しています。でも、正直に言うと、まだまだ茨の道は続いています(笑)。

現役歯科医師でもある森谷尊文代表取締役。主にワイン醸造を担当している

あきる野産のぶどうで醸造した「東京ルージュ」

どのような品種のブドウを栽培しているのでしょうか?

森谷:最初に植えたのは「ヤマソーヴィニヨン」という、山ぶどうとカベルネソーヴィニヨンを掛け合わせた独特な品種です。これは、育てやすくて病気にも強い品種なんです。この東京産のぶどうを使った「東京ルージュ」という名前のワインが、私たちが最初に販売したワインで、弊社の看板商品です。ヤマソーヴィニヨンで作るワインは、甘口にするワイナリーが多いんですよ。山ぶどうの独特な香りや味が、ちょっとクセが強いと思われがちなため、甘く味付けをして飲みやすくするのが一般的なようです。しかし、私たちは最初から素材の味を生かすドライ(辛口)で勝負しています。

それ以外にも、シラーやメルローなどヨーロッパ品種もいくつか植えています。ただ、どの品種がこの土地に合うかは、まだ試験栽培中です。土地とぶどうの相性は、実際に育ててみないと分からないんです。これは“テロワール”と言うのですが、土地、気候、ぶどうの品種がぴったり合うと、本当に良いものができます。でも、合わなければ、育っても良いぶどうができないんですよね。

東京の文字を名前に冠した「東京ルージュ」シリーズ

ぶどうと語り合う感覚で作業に没頭

ぶどうを育てるうえでどのような苦労がありますか?

中野:ぶどうは、基本的には世界中どこでも育つと言われています。ただ、水はけが悪いと根腐れするため、水はけが本当に大事です。この土地は扇状地で砂利質なんです。もともと生食用のぶどうが植えられていたそうで、ぶどう栽培にはすごく適していると思います。日照量もすばらしく、風もよく吹く。そういう意味では、ここは本当に申し分ない環境です。

ぶどう作り自体は、大変というよりも楽しいですね。一番楽しい作業です。ぶどうと語り合っているような感覚で仕事をしています。夏は朝の4時とか5時前から作業を始めます。10時頃には暑すぎて外にいられなくなるのですが、最近はファン付きの作業着も出ているので、それを着ると1日中作業ができます。だいたい12時間くらい働いていますね。それくらいやらないと作業が追いつかないという事情もありますが。

一番辛いのは、やはり病気です。6月になると日本は雨が多いじゃないですか。ヨーロッパと違うのはその降雨量で、ぶどうは乾燥を好み、雨にはすごく弱い。特に、雨のせいでカビが繁殖しやすくなるのが問題です。それを防ぐために、有機栽培でも使える「ボルドー液」という、フランスで何百年も使われている天然物由来の農薬を撒いています。それでもカビが出てしまうことがあって、それが一番辛いし心配ですね。

数年前に歯科医師を引退しワイナリー経営に専念している中野多美子専務取締役。ぶどう栽培を担当している

地域の企業と連携したさまざまな取組み

いろいろな会社と横のつながりがあると伺っています。

中野:そうなんです。昭島にある「イサナブルーイング」さんとはつながりが深くて、ワインを作るときに出る絞りカス、「マール」と言うんですけど、それを提供してワインビールを作っていただいています。他にも、マールは「東京和牛」や「秋川牛」というブランド牛で有名なあきる野市の竹内牧場さんで飼料として使ってもらっているんです。私たちはマールを提供し、竹内牧場さんからは堆肥をいただいて、1月くらいにぶどう畑に撒いて使っています。

それから、「norabow」というシリーズのボトルに巻いてある木製のプレート、これは八王子の「kitokito」さんで作っていただいています。地元とのつながりがどんどん広がっていますね。それと、羽村の観光協会さんからいただいたお話もあります。羽村に石田さんという農家さんがいらっしゃるのですが、観光協会さん経由で話をいただいて、私たちのワイナリーで石田さんが栽培したぶどうを使ったワインを作っています。もう5年目になりますね。「堰ワイン」という名前で、羽村の堰をイメージしたワインです。

「norabow」シリーズ
羽村の「堰ワイン」

障がい者の方たちが社会とつながり続けられる場所にしたい

地域の障がい者施設とも連携されているんですよね。

森谷:私たちの経営理念の一つに、「畑を通じて障がい者の方たちに働く場を提供する」という考えがあります。障がいをお持ちの方にも、働く喜びを感じてもらいたいと思っていますし、そうやって作ったものをしっかりと製品にして市場に出していくことも目指しています。

中野:私ももともと歯科医師をやっていて、ワイナリーを作るのはもちろんワインが好きだというのもありますけど、それだけではなくて、歯の治療に来てくださっていた障がい者の方たちのためでもあるんです。いまは仕事を通して社会とつながっていても、定年を迎えたときに、彼らが社会と関われる場所を作りたいと思い、ぶどう畑を始めました。お金の面では、いろいろな補助があって生活には困らないかもしれませんが、やはり社会とつながって、自分の存在意義を感じられる場所が必要だと思うんです。畑だと、例えば草むしりをしたり、ぶどうに傘をかけたり、一年中いろいろな作業があります。石拾いなんかもそうですね。青梅市や八王子市、日の出町にあるグループホームなどから来てくださっています。将来的には、福祉の方たちをきちんと雇用できるような仕組みを作りたいと考えています。ただ、それを実現するのは簡単ではなく、ハードルが高いのも事実です。でも、いつかはそうした仕組みを実現したいという目標を持って取り組んでいます。

ワインは人と人をつなぐ架け橋

ワインの魅力は何でしょうか? また、今後の展望を教えていただけますか?

森谷:ワインの魅力は、人と人をつなぐ架け橋みたいなところがあるんですよね。地域の人たちを巻き込んで、一緒に収穫して、作業して、そうやってできたワインが地域で売れていけばいいなと思っています。もう一つは、コミュニケーションです。ワインは会話をスムーズにしてくれる力があると思うんです。だから、この販売所で定期的にイベントも開催しています。ここを拠点に人と人のつながりが広がっていけばいいですよね。アメリカのナパ・バレーにあるワイナリーを参考にしているのですが、ああいう地域全体で盛り上がるイメージを持っています。

中野:あきる野市には本当にお世話になっているので、地域に貢献して少しでも恩返しがしたいです。例えば、ワインで有名な山梨の勝沼に訪れていた人たちが、あきる野市にも来てほしい。イメージとしては、JR武蔵増戸駅を降りたら一面にぶどう畑や果樹園が広がっているような風景を作りたいんです。武蔵増戸駅から歩いて7分くらいのところに私たちのワイナリーがあります。この立地はすごくいいと思っています。しかしそのためには近隣の農家さんや若い方々の力が必要です。すごく時間がかかると思いますが、それでもいつかこのあたり一帯を、勝沼のような「ぶどうの郷」にできたらいいなというのが、私の夢です。

会社情報

会社名 株式会社ヴィンヤード多摩
設立 2015年2月
本社所在地 東京都あきる野市上ノ台55
ウェブサイト https://vineyardtama.com/
事業内容 ワインの製造・販売