Please note that our machine translation system does not guarantee 100% accuracy. The following limitations may apply:

“長さ”にこだわった再生医療素材――ポリリン酸の再発見と商用化への道

リジェンティス株式会社

代表取締役 柴 肇一

インタビューに答えていただいた柴肇一氏

 本事業では、地域内外の中小企業・スタートアップや大企業、大学等が連携して、地域の課題解決を図るためのプロジェクトや、多様な主体が交流できる会員組織(コミュニティ)の立ち上げなど、イノベーション創出に向けた取組を進めています。このインタビュー連載では、多摩地域のイノベーションをリードする注目企業をご紹介することで、皆様に多摩地域の魅力を発信していきます。

 ポリリン酸は、リン酸(H₃PO₄)が鎖状に連なった構造をもつ無機化合物で、工業・食品・医療など幅広い分野での応用が進んでいます。今回は、スタンフォード大学でポリリン酸を学び、北海道大学で研究を重ねてきた日本の第一人者であり、ポリリン酸を活用した製品の開発・販売を手がけるリジェンティス株式会社の柴肇一氏に、商用化に至るまでの歩みとポリリン酸の可能性について伺いました。

ノーベル賞学者の下でポリリン酸を研究

ポリリン酸を研究するようになったきっかけは?

柴:DNA関連の研究でノーベル賞も受賞した、スタンフォード大学のアーサー・コンバーグ教授が、ポリリン酸の研究に取り組むポスドク(博士研究員)を募集していたんです。ちょうどそのころ、私は北海道大学の理学部で研究者として働いていて、たまたまその募集を見つけたのがきっかけでした。

ポリリン酸は、海底火山の噴火口のような極限環境にも存在しているんです。ああいう場所は、原始の地球の環境にすごく近いと言われていて、そこにポリリン酸があるということは、生命の起源に関わる分子の一つなのではないか、そんな仮説を唱える科学者もいます。でも、当時は研究者も少なくて、ポリリン酸に注目している人なんてほとんどいなかった。アーサー・コンバーグ教授は、そんなポリリン酸に注目していて、「これは間違いなく重要な高分子だ」と言っていたんです。実際、ポリリン酸はもともと人間の体の中にもあるし、いろいろな生物にも共通して見られる。だからこそ、生命と無関係なわけがないと。彼が言っていた「忘れられた高分子を、もう一度思い出させたい」という言葉に、とても感銘を受けました。誰もやっていないからこそ、やる価値がある。自分の手で掘り起こして、新しい発見につなげていけるかもしれない。そんな思いで、ポリリン酸の研究に踏み出したんです。

再生医療への応用

ポリリン酸研究をされるなかで、どのような発見があったのでしょうか?

柴:人間の体は、ケガや損傷があると、細胞が増えて傷を修復しようとしますよね。そのときに働くのが「グロースファクター(成長因子)」と呼ばれるタンパク質です。「細胞を増やしなさい」「コラーゲンを作りなさい」など、修復の指令を出す役割を担っています。私たちの研究では、そのグロースファクターの一つであるFGF(線維芽細胞増殖因子)に、ポリリン酸が結合することが分かりました。

FGFは再生医療の分野でも注目されていて、傷の修復や床ずれの治療にも使われる非常に重要なタンパク質です。ただし、とても不安定で壊れやすく、保管にも気を使う必要があり、コストも高いという課題がありました。そこで、ポリリン酸と結合させることでFGFを安定化できるのではないかと考えたんです。実際に調べてみると、ポリリン酸がFGFの構造を保ち、機能を補強してくれることがわかってきました。これが意味するのは、ポリリン酸を使えば、体内にもともと存在しているFGFの働きを高めることができるかもしれないということ。しかも、ポリリン酸は安定性が高く、安価で扱いやすい。だからこそ、再生医療への応用にも十分な可能性があると考えました。なかでも“長い”ポリリン酸が重要なんです。

長くそろえられたEXポリリン酸

長いポリリン酸とは? 詳しく教えてください。

柴:ポリリン酸には、短いものから紐状・鎖状の長いものまで、さまざまな長さがあります。市販されているものの多くは短いタイプで、しかも長さがバラバラなんです。食品添加物など幅広く利用されているため、原料メーカーが各社で生産していますが、どれも“ふぞろい”な状態でした。私たちが研究を始めた当初は、線維芽細胞増殖因子(FGF)を安定化するのに最適なポリリン酸の長さがわからなかったのですが、調べていくうちに、ある一定以上の長さの範囲が最も効果的であることがわかってきました。さらに、人間の体内、特に血小板に多く含まれるポリリン酸も、実はその長さが決まっていることがわかり、そのサイズが再生医療やFGFの安定化に最も効率的に働くことが確認できました。再生医療に使うには、長さがそろっていないポリリン酸では適さない。そこで私たちは、長さをそろえたポリリン酸を大量かつ簡単に抽出・精製する方法を試行錯誤し、実現することに成功しました。これが自社オリジナルの「分割ポリリン酸」であり、私たちの取り組みの出発点になったのです。

骨再生への挑戦とポリリン酸の可能性

再生医療のなかでもどのような研究に取り組まれたのでしょうか。

柴:当時、北海道大学の歯学部の先生方と共同研究を始めました。昔から歯周病に悩む方は多く、いったん歯が抜けてしまうと元には戻りません。その原因となるのが、歯を支える骨が少しずつ弱っていくこと。やがて歯が抜けてしまい、食事もままならなくなって、全身の健康にも悪影響を及ぼします。そこで注目したのが、歯を支える骨を再生できないかという発想です。たとえば歯がグラついてきても、骨が再生して再びしっかり支えられるようになる。そうした再生の可能性を持つ材料、あるいは医薬品のようなものが、ポリリン酸で実現できるかもしれないという話になり、共同研究を行いました。

研究者から起業家へ

大学での研究にとどまらず、起業に至ったのはなぜでしょうか?

柴:ちょうど再生医療学会の第1回が開催された頃で、再生医療の分野も今後広がっていくだろうという期待感がありました。国も再生医療を支援する研究費を新たに設けていて、私も申請したところ、比較的大きな額の研究資金を得ることができました。当時は大学で研究を続けていましたが、資金面の不安もひとまず解消されたので、それなら思い切って独立してみようと。ちょうど40歳になる頃でした。研究自体は面白かったので、そのまま大学に残って研究を続ける道も悪くはなかったと思います。でも、変化のない環境に少し物足りなさも感じていたんです。タイミングよく研究費がつき、ベンチャーキャピタルからの出資も受けられたこともあり、「もしかしたらいけるかもしれない」という気持ちで起業に踏み切りました。

医薬品から医薬部外品へと舵を切る

起業から今に至るまで、どのような変遷があったのでしょうか?

柴:起業当初は、先ほど話した歯周組織の再生を目的とした医療材料の開発に取り組んでいました。歯周病でグラグラになった歯を支える骨の再生を促すため、歯茎の部分に注入し、しばらくすると骨が再生されてくるような製品を目指していたんです。ただ、医薬品として実用化するには膨大な費用と時間がかかります。申請にもお金が必要ですし、治験を行うにも多くの被験者と莫大な費用が必要。しかも、承認が得られる保証はどこにもありません。10年単位の長期戦になる可能性が高く、「これでは資金が尽きてしまう」と判断し、分割ポリリン酸を医薬品以外の製品開発に応用することを考え始めました。

その後は、医薬品よりも承認のハードルが低く、より早く実用化が見込める分野へと舵を切りました。そこで着目したのが「歯磨剤」です。歯茎に直接注入しなくても、日常的に使用することで一定の効果が期待できるうえ、医薬部外品として製造・販売許可を取得すれば、比較的スムーズに市場投入が可能です。こうした利点を踏まえ、歯周病予防を目的とした歯磨剤の開発に着手しました。なかでも分割ポリリン酸には、歯の表面の汚れよりも強く歯質に結合し、汚れを取り除きながらコーティング作用を発揮する特性があり、製品の中核成分として活用できると考えました。

また、育毛剤の開発にも取り組みました。北海道大学在籍時に、ポリリン酸を塗布した剃毛マウスの毛が再生するという研究結果が得られ、この成果は特許も取得していたため、これを基に商品化を進めたのです。こうして歯磨き粉と育毛剤の“二本柱”による製品展開がスタートしました。とはいえ、立ち上げ当初は販路もなく、販売には苦戦しました。そこで打ったのが、全国のFMラジオを活用したスポットCM戦略です。まず育毛剤の広告を集中的に流したところ、反響は想像以上で、一気に注文が増加し、毎月1万本単位での受注が入るまでになりました。一方の歯磨剤を含む分割ポリリン酸配合のオーラルケア商品はテレビショッピングでヒットし、現在はネット販売でも売上が伸び始めています。

世界中の研究者や企業にポリリン酸を提供

歯磨剤や育毛剤といった自社製品の開発のほかに、異業種と連携した製品開発の事例などがあればご紹介ください。

柴:いくつかあるのですが、たとえば食品分野では、大手のチーズメーカーにさまざまな長さの分割ポリリン酸を提供し、製品開発に活用していただきました。意外なところでは、真珠のクリーニングです。というのも、真珠の主成分は炭酸カルシウムで、歯と同じ。ホワイトニング技術の応用が可能なんですね。採取された真珠を丁寧に洗浄・漂白して美しく見せるために、当社の分割ポリリン酸を提供しました。こうした応用ができる背景には、私たちが「長さをそろえたポリリン酸」を製造できるという強みがあります。これを安定的に供給できるのは、国内はもちろん、世界的にも当社ぐらいだと思います。

また基礎研究用としては世界中の大学や研究機関に分割ポリリン酸を無償提供しております。分割ポリリン酸の提供だけで論文の著者に名前を入れていただくこともありましたし、謝辞欄には「リジェンティス社のポリリン酸を使用」と記載されることで、その名はじわじわと広まり、今では22か国、104ヶ所以上の大学や研究機関で分割ポリリン酸が研究に利用されています。昨年は米国ミシガン大学でのポリリン酸の国際学会に招待され、分割ポリリン酸に関する講演も行いました。

このような研究支援の積み重ねが、新たな発見につながり、そして新たなニーズを生み出します。「この長さのポリリン酸がほしい」といった要望があれば、当社でカスタム製造して応えることも可能です。地道なやり取りの先に、将来的なビジネスの芽がある。そんな思いを込めて、世界中の研究者に分割ポリリン酸を届けてきました。

多摩地域発、腸の機能を高める“ポリリンパン”

ポリリン酸を活用した新たな商品の構想はありますか?

柴:ポリリン酸は、もともと人の体内にも存在する、安全性の高い物質です。その特性を生かして、食品分野での展開も広げられるのではと考えています。まだ本格的には取り組んでいませんが、パンの専門家とともに「ポリリンパン」を試作したこともあります。

実は、酵母菌の中には自然とポリリン酸が多く含まれていて、弊社独自の処理を加えることで、より多くのポリリン酸を蓄えた酵母を培養することができます。そうした天然ポリリン酸入りの酵母でパンを発酵・焼成すれば、ポリリン酸を自然なかたちで摂取できるわけです。近年の研究では、ポリリン酸が腸のバリア機能を高める働きがあることが示されています。つまり、ポリリンパンは「美味しくて体に良い」機能性食品になり得るんです。この取り組みに関連して、小金井にあるパン酵母の販売店さんとご縁があり、パン酵母を購入させてもらっています。実は、このお店のオーナーさんは弊社のオーラルケア商品のヘビーユーザーでもあるんですよ。そんなご縁もあって、地域の企業や取引先との連携を通じて、化学合成ではない“天然のポリリン酸”を活用した健康食品を展開できたら面白いですよね。地域発で、分割ポリリン酸の魅力をもっと広く伝えていけたらと思っています。

会社情報

会社名 リジェンティス株式会社
設立 2004年1月
本社所在地 東京都国立市東1-7-20
ウェブサイト https://www.regenetiss.co.jp/
事業内容 ヘルスケア製品の研究開発と製造販売